【書評】人工知能と共生する社会を目指すために
 解説:西成活裕(東京大学先端科学技術研究センター教授)

『ビッグデータと人工知能――可能性と罠を見極める』(西垣 通著)

 いま社会で最も旬なキーワードの一つが、「人工知能」であろう。研究者だけでなく、世界中の企業や政府までもがこれに注目し、ここ2、3年で莫大な予算が投入されている。

 この技術が発展すれば、労働力不足などさまざまな社会課題を解決してくれる可能性もあり、そのイノベーションに期待が集まっている。

 しかし、実は人工知能ブームはこれで3度目であり、約30年前の2度目のブームの際にも膨大な予算が投入されたが、結局期待に沿った成果が得られないまま数年の間にブームは去ってしまった。本書の著者は、情報工学の分野で博士号を持ちながら法学部でしばらく教鞭をとるなど、まさに文理双方で活躍してきた研究者であり、この2度目の失敗に関しても単なる技術的な議論ではなく、本質を突いた哲学的な視点で論考している。

 そして今のブームを支えている中核が、ビッグデータとディープラーニングといわれる技術である。本書では、可能性と罠を見極める、と副題にあるように、これらのアイデアを極めて分かりやすく解説しているとともに、その死角までもきちんと論じている。研究者はこの本の批判に答えないといけないし、投資の意思決定者はこの本の内容を理解してバランスよく判断すべきだろう。

 また、人工知能によって将来無くなってしまう職業、という記事がネットを賑わせているが、人間を人工知能に置き換える発想ではなく、むしろ人間の不得意なところを補強する人工知能と共生する社会を目指すべきだという著者の主張には大いに賛同したい。

 人工知能のように社会的インパクトが大きな科学技術は、もはや科学者のみが開発に関わっていくだけでは不十分であり、倫理や法体系なども含めた総合的な議論を並行して行っていかなければならない。これに対して、従来の縦割りの学問体系では、このような横断的に多様化していくニーズにもはや対応できないだろう。

 いまや文理融合も含めた、大きな知の再編成が必要な時期に来ているのではないだろうか。


『ビッグデータと人工知能――可能性と罠を見極める』
『ビッグデータと人工知能――可能性と罠を見極める』
西垣 通著
中公新書
税抜価格 842円(税込)
発売日 2016年7月20日