『アンネの日記』の真実を探す女子大生
赤染晶子(あかぞめ・あきこ)著/第143回芥川賞受賞作(2010年上半期)
白熱したことが窺える選考会
芥川賞選考委員の各選評は毎回、総合月刊誌『文藝春秋』に掲載される。全ての選考委員の選評を読むと、選考会でどのような議論がなされたのか、わずかに垣間見えることもあるのだが、第143回の受賞作、赤染晶子の「乙女の密告」については、例年にないほど白熱した議論が展開されたことが想像された。
選考委員の小川洋子は、
議論の場ではかなり熱い言葉が行き交った。話し合いの中で新たな論点が次々と浮かび上がり、それに一生懸命ついてゆくうち、いつしか作品が受賞に相応しいかどうかの議論であるのを忘れた。賞の問題を超えて、もっと深く小説の世界に入り込み…
と述べている。
『文藝春秋』に掲載される「芥川賞選評」の、選考委員一人あたりの掲載ボリュームは約1ページ弱。そこでそれぞれの候補作について触れることが多いのだが、143回は大変な分量が「乙女の密告」にのみ割かれている。特に、小川洋子と池澤夏樹は2ページにも及ぶ選評をこの作品に割いている。それはまるで文芸評論だ。こんな回は珍しい。
それはなぜか。そこに秘められた才能の大きさに惹きつけられたことはもちろん、もう一つは難解だからだと考えられる。「分からない」などという選評は選考委員には許されないのだろうが、『芥川賞の偏差値』を書いた作家の小谷野敦は(選考委員ではない)、同書で「私にはこの小説が何が言いたいのかさっぱりわからないのである」と告白している。 続きを読む