芥川賞を読む 第54回 『爪と目』藤野可織

文筆家
水上修一

3歳だった女児が父の愛人について語る不気味

藤野可織(ふじの・かおり)著/第149回芥川賞受賞作(2013年上半期)

珍しい二人称の小説

 藤野可織の「爪と目」は、冒頭の出だしが印象的で、本作の大きな特徴を示唆している。

 はじめてあなたと関係を持った日、帰り際になって父は「きみとは結婚できない」と言った。あなたは驚いて「はあ」と返した。

 ここで読者は少し混乱する。「語り手」が誰で、「あなた」は誰を指すのか、悩むのだ。筆者も最初は「語り手」が父と関係を持ったのかと思ったのだが、そうすると父が「きみとは結婚できない」と言った「きみ」は「語り手」になるはずなのだが、その後の文章を読むとどうも違う。それがはっきりするのが、少し後に出てくる「私は三歳の女の子だった」という一文である。つまり「語り手」は、当時3歳だった女の子なのである。その子が成長後、自分の人生を俯瞰するように物語ってゆくのである。そして、「あなた」は、父と不倫関係にあった女性を指すのだ。つまり、この作品は、語り手である当時3歳だった「わたし」が、父の愛人を「あなた」と呼ぶ2人称の小説なのである。 続きを読む

都政に不可欠な都議会公明党――小池知事の「改革」を支える足場

ライター
松田 明

連日、公明候補の応援に立つ知事

 東京都議会議員選挙(6月22日投開票)の告示日を迎えた6月13日と翌14日、小池百合子・東京都知事が怒涛の勢いで「応援」に駆け巡ったのは、都議会公明党の候補者の街頭演説だった。
 13日は、大松あきら(北区)、谷きみよ(豊島区)、久保りか(中野区)。14日は午前10時半、いいだ健一(北多摩3区)から始まって、かつまたさとし(大田区)、玉川ひでとし(大田区)、伊藤こういち(品川区)、細田いさむ(江東区)、加藤まさゆき(墨田区)、けいの信一(荒川区)、うすい浩一(足立区)、最後は午後7時半に大竹さよこ(足立区)に駆けつけた。

 自身が特別顧問を務める都民ファーストの会の候補者回りに終日を費やしたのは、15日の日曜日になってからである。
 さらに16日には、ふたたび都議会公明党の 村松としたか(町田市)、高田きよひさ(北多摩1区)、まつば多美子(杉並区)、古城まさお(新宿区)の街頭演説にも応援弁士として立った。

 なぜ、小池都知事が〝他党〟である都議会公明党の応援に力を入れているのか。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第87回 正修止観章㊼

[3]「2. 広く解す」㊺

(9)十乗観法を明かす㉞

 ⑥破法遍(15)

 (6)横の破法遍

 破法遍全体は、大きく「竪(縦)の破法遍」、「横の破法遍」、「横竪(おうじゅ)不二の破法遍」の三段に分かれるが、以下、第二段の「横の破法遍」について説明する。
 これまで説明してきた竪(縦)の破法遍は、無生門という一門に焦点をあわせて、縦に空観・仮観・中観を修行して、空仮中の三諦を徹底的に照らして、法を遍く破った。横とは、無生門以外のその他多くの門を意味する。たとえば、『中論』の冒頭に出る八不(不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去)(※1)は八門を意味するように、さまざまな経論には無量の門があるとされる。 続きを読む

『公明党という選択』――〝斉藤鉄夫vs佐藤優〟対談を読む

ライター
松田 明

佐藤氏から呼びかけた対談

 斉藤鉄夫氏(公明党代表)と佐藤優氏(作家・元外交官)の対談集が、このほど第三文明社から刊行された。
 ポップなピンク色のカバーで、親しみやすいイメージだ。対談は本年(2025年)3月に収録された。関係者によると、対談を呼びかけたのは佐藤氏であったという。

 よく知られたように佐藤氏は日本基督教団に属するプロテスタントのキリスト教徒。しかし、『池田大作全集』全150巻を揃えて読み込み、公明党はもちろん、創立者でもある池田大作・創価学会第3代会長についても多くの言論を発信してきた論客でもある。
 その点では、宗教学者や宗教ジャーナリストを名乗りながら池田会長の著作すら読まずに創価学会について語ってしまうような者があとを絶たないなかで、佐藤氏の創価学会理解はその〝格〟を異にしている。

 公明党は2024年10月の総選挙で、就任まもない代表まで落選するという〝大敗〟を喫した。その緊急事態のなかで、斉藤氏は本人すら想像していなかった新代表の任に就くことになった。 続きを読む

書評『ウインストン・チャーチル』――不屈の政治家の劇的な生涯

ライター
小林芳雄

逆境を追い風に変える

 本書は生誕150周年を迎えたイギリスの政治家ウインストン・チャーチルの評伝である。
 チャーチルといえば、第二次世界大戦でヒトラー率いるナチス・ドイツを打ち負かし、連合国を勝利へと導いたイギリスの宰相として名高い。さらにその才能を多方面で発揮した人物で、歴史的な演説を幾度も行い、ノーベル文学賞を獲得した文筆家でもある。40歳から趣味で始めた絵画は芸術家からも賞賛される数多くの作品を生み出した。またレンガ職人という顔という意外な一面も持つ。
 しかし、その華やかな業績の裏には多くの苦闘があった。チャーチルほど人生の毀誉褒貶を味わった人もまれであろう。 続きを読む