芥川賞を読む 第44回 『時が滲む朝』楊逸

文筆家
水上修一

自由と民主化を求める中国青年の青春群像

楊逸(ヤン・イー)著/第139回芥川賞受賞作(2008年上半期)

読み手を惹きつける題材

 中国ハルビン市出身の作家・楊逸。日本語以外の言語を母語とする作家として史上初となる受賞が話題を集めた「時が滲む朝」。ところどころに違和感を覚える日本語表現があったとしても、おもしろく読むことができたのは、ひとえにその題材によるものだろう。
 自由と民主化を求める中国の若者たちが、天安門事件で人生の挫折を味わう青春群像は、自らの内側にばかり意識が向きがちな今の政治的に無関心な多くの日本人からすれば、極めてスリリングだし、国のために社会変革を求めるその純粋さはある意味新鮮に映る。だからこそ、次はどうなるのだろうと想像しながらページをめくってしまう。
 この作品を推す選考委員の多くが指摘していたのが「書きたいこと」のある強みである。池澤夏樹は、

ここには書きたいという意欲がある。文学は自分のメッセージを発信したいという意欲と文体や構成の技巧が出会うところに成立する

と言い、高樹のぶ子は、

書きたいことがあれば、それを実現するために文章もさらに磨かれるだろう。根本の熱がなければ、文学的教養もテクニックも空回りする

と述べている。 続きを読む

沖縄伝統空手のいま 道場拝見 第8回 上地流宗家道場(普天間修武館)

ジャーナリスト
柳原滋雄

実戦的な沖縄空手流派

 沖縄空手の3大流派といえば、最も歴史の古い首里手の象徴である「しょうりん流」と、那覇手の「剛柔流」、そして「上地流」というのが定番だ。中でも上地流は沖縄に伝わった流派では年代的に最も新しく、中国拳法の要素を色濃く受け継いでいるとされる。創始者・上地完文(うえち・かんぶん 1877-1948)の名字を取って「上地流」と呼ばれる。
 上地完文は20歳で福建省福州市にわたり、そこで10年以上かけて南派少林拳の達人から武術を習得した。達人レベルの技法を身に付けて沖縄に戻ったが、帰国後、完文が沖縄で空手を広めることはなかった。中国で弟子の一人が誤って人を殺めてしまった自責の念があったからといわれている。
 勤務先の紡績工場(和歌山)で同僚らに請われて教えるようになった際はすでに50近い年齢になろうとしていた。当初は自分で身に付けた武術を「パンガヰヌーン拳法」と称した。
 完文の2男2女の子どものうち、中学を卒業したばかりの長男・上地完英(うえち・かんえい 1911-91)を和歌山に呼び寄せ、共に稽古する日々を送る。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第63回 正修止観章㉓

[3]「2. 広く解す」㉑

(9)十乗観法を明かす⑩

 ③不可思議境とは何か(8)

(6)自行の境を明かす②

 この質問に対する答えのなかに、前述したように、地論宗と摂論宗の考えを紹介し、批判している。やや長文であるが、引用する。

 答う。地人(じにん)の云わく、「一切の解惑・真妄は、法性に依持(えじ)す。法性は真・妄を持し、真・妾は法性に依るなり」と。『摂大乗』に云わく、「法性は惑の染(ぜん)する所と為らず、真の浄むる所と為らず。故に法性は依持に非ず。依持と言うは、阿黎耶(ありや)是れなり。無没(むもつ)の無明は、一切の種子(しゅうじ)を盛持(じょうじ)す」と。若し地師(じし)に従わば、則ち心に一切法を具す。若し摂師(しょうし)に従わば、即ち縁に一切法を具す。此の両師は、各おの一辺に拠る。若し法性は一切法を生ぜば、法性は心に非ず、縁に非ず。心に非ざるが故に而も心は一切の法を生ぜば、縁に非ざるが故に亦た応に縁は一切法を生ずべし。何ぞ独り法性は是れ真・妄の依持なりと言うことを得んや。若し法性は依持に非ず、黎耶(りや)は是れ依持なりと言わば、法性を離れて外に、別に黎耶の依持有らば、即ち法性に関わらず。若し法性は黎耶を離れずば、黎耶の依持は、即ち是れ法性の依持なり。何ぞ独り黎耶は是れ依持なりと言うことを得ん。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、578-580頁)

と。 続きを読む

本の楽園 第196回 辻小説

作家
村上政彦

 紙面は藁半紙なのか、経年劣化で変色し、少しでも雑にあつかえば、ぼろぼろと崩れてしまいそうな趣だ。昭和18年に出版された社団法人日本文学報国会編『辻小説集』である。
 奥付を見ると、「初版発行 昭和十八年八月十八日」とある。部数は「一万部」。「定価一円四十銭」。227ページの薄い本。緒言を書いた久米正雄によると――

南海に於ける帝国海軍の輝かしい日々決戦の戦火と、凄まじい死闘の形相、一度国民に伝わるや、吾等は満眼の涙を払って、この前線将士の優先奮闘に感謝すると共に、皆を決してその尊き犠牲に対する報賞をなすべく立上がった

 冒頭から勇ましい言葉が並んでいるが、これは第2次大戦の末期に日本文学報国会に属する文学者たちが、原稿用紙一枚に戦意を昂揚させるエッセイや物語を書いて、文章でお国のために役立とうとする書物である。 続きを読む

維新「高齢者3割負担」の波紋――「改革」とは真逆の実態

ライター
松田 明

「維新は噓をついている」

「今回の日本維新の会の公約は、政治改革も詐欺! 社会保障改革も詐欺!」

 10月10日公開のユーチューブ番組「ReHacQ−リハック−」に緊急出演し、こう言い切ったのは、10月9日に衆議院議員を引退した足立康史氏である。
 足立氏は日本維新の会で幹事長代理などを歴任した。本年4月におこなわれた東京15区の衆議院補欠選挙で、東京維新の会が配布した機関紙が公職選挙法に抵触する疑いがあると指摘したことで、逆に〝党を批判した〟として党員資格停止6か月の処分を受けた。
 党員資格停止中なので、自身の選挙区である大阪9区から無所属で出馬すると公言したところ、今度は大阪維新の会が刺客として別の公認候補を立ててきたのだ。
 足立氏は、維新の選挙公約についてこう語った。 続きを読む