芥川賞を読む 第47回 『乙女の密告』赤染晶子

文筆家
水上修一

『アンネの日記』の真実を探す女子大生

赤染晶子(あかぞめ・あきこ)著/第143回芥川賞受賞作(2010年上半期)

白熱したことが窺える選考会

 芥川賞選考委員の各選評は毎回、総合月刊誌『文藝春秋』に掲載される。全ての選考委員の選評を読むと、選考会でどのような議論がなされたのか、わずかに垣間見えることもあるのだが、第143回の受賞作、赤染晶子の「乙女の密告」については、例年にないほど白熱した議論が展開されたことが想像された。
 選考委員の小川洋子は、

議論の場ではかなり熱い言葉が行き交った。話し合いの中で新たな論点が次々と浮かび上がり、それに一生懸命ついてゆくうち、いつしか作品が受賞に相応しいかどうかの議論であるのを忘れた。賞の問題を超えて、もっと深く小説の世界に入り込み…

と述べている。
『文藝春秋』に掲載される「芥川賞選評」の、選考委員一人あたりの掲載ボリュームは約1ページ弱。そこでそれぞれの候補作について触れることが多いのだが、143回は大変な分量が「乙女の密告」にのみ割かれている。特に、小川洋子と池澤夏樹は2ページにも及ぶ選評をこの作品に割いている。それはまるで文芸評論だ。こんな回は珍しい。
 それはなぜか。そこに秘められた才能の大きさに惹きつけられたことはもちろん、もう一つは難解だからだと考えられる。「分からない」などという選評は選考委員には許されないのだろうが、『芥川賞の偏差値』を書いた作家の小谷野敦は(選考委員ではない)、同書で「私にはこの小説が何が言いたいのかさっぱりわからないのである」と告白している。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第75回 正修止観章㉟

[3]「2. 広く解す」㉝

(9)十乗観法を明かす㉒

 ⑥破法遍(3)

 (4)従仮入空の破法遍②

 ②三仮(因成仮・相続仮・相待仮)

 これまで述べてきた仮の一々に、因成仮・相続仮・相待仮の三仮があると説かれる。

 又た、一一の仮の中に於いて、復た三仮有り。謂わく、因成仮(いんじょうけ)・相続仮(そうぞくけ)・相待仮(そうだいけ)なり。法塵は意根に対して生ず。一念の心の起こるは、即ち因成仮なり。前念・後念の次第して断ぜざるは、即ち相続仮なり。余の無心に待して、此の心有りと知るは、即ち相待仮なり……開善(かいぜん)の云わく、「二仮を因兼(いんけん)し、或いは亦た之れを過ぐ」と。第三の仮は起こる時、上の両仮に因ることを明かす。故に「因兼」と言う。上の仮は未だ除かざるに、後の仮は復た起こる。故に「之れを過ぐ」と言う。此れは心に就いて、三仮を明かすなり。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、667-668頁)

 ここには、因成仮・相続仮・相待仮の三仮が説かれている。『摩訶止観』の三仮の説明は、心、色(いろ形あるもの)、依報の三つの立場に分けている。上に引用した説明は、心に焦点をあわせた説明である。 続きを読む

変わりはじめた公明党の発信――他党支持者からも好評

ライター
松田 明

浮き彫りになった課題

 長年の懸案だった(と筆者が個人的にずっと思っていた)公明党の〝発信力〟が、少しずつ変わりはじめたような気がする。

 LINEが日本での運用を開始したのが2011年6月。じつは2013年調査から2024年調査に至るまで、国政政党のなかでLINEの「友達」登録者数が一番多いのが公明党だった。
 そのほかにYouTubeのチャンネルやX(旧Twitter)、インスタグラムなど、党公式のSNSもある。かつて公明党はSNSの取り組みで先駆的な党とも語られていた。

 ところが、近年の何度かの選挙を通じて浮かび上がってきたのは、これら公明党のSNSがあまり効果的に使われていない実情だった。
 党や議員の運営するSNSのフォロワーや「友達」は、おそらくほぼすべてが党員や熱心な支持者。いわば〝身内〟のなかで情報発信と〝いいね〟が行き交うエコーチェンバー現象が続いていたのだ。
 日々、膨大な量の情報が発信されているにもかかわらず、一般有権者には大事なメッセージが何も伝わっていなかった。

 昨年(2024年)の衆議院補選、東京都知事選、衆議院選、兵庫県知事選は、日本の選挙においてSNSがときに勝敗を左右するほど大きな影響力を持つ段階にきていることを図らずも証明した。完全にフェーズが変わったのである。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第74回 正修止観章㉞

[3]「2. 広く解す」㉜

(9)十乗観法を明かす㉑

 ⑥破法遍(2)

 (4)従仮入空の破法遍①

 では、最初の従仮入空の破法遍の段について説明する。この段も「先に見仮従り空に入り、次に思仮従り空に入り、後に四門もて料簡す」(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、660頁)とあるように、さらに三段に分かれる。仮を見仮と思仮に分けていることがわかる。 続きを読む

荒唐無稽なSNSデマ――池田会長の出自めぐる虚構

ライター
松田 明

東京都大田区「大森ふるさとの浜辺公園」

「リポスト」しただけでも賠償命令

 SNSなどネット上の「デマ」「誹謗中傷」に対して、司法の厳しい判断が続いている。

 コロナ禍では、感染対策としてマスクの着用やワクチンの接種がWHO(世界保健機構)からも全世界に推奨された。
 ところが、陰謀論にからめてマスク着用やワクチン接種に反対する人々が一部に発生。SNS上で誤情報を拡散するばかりか、感染対策に従事する専門家や医師らに対し、激しい中傷批判を繰り返すアカウントも続出した。

 感染防止への情報発信を続けていた忽那賢志 ・大阪大学教授(感染制御学)も、そうした誹謗中傷にさらされた1人。「泣き寝入りしては、次のパンデミックが起きたときに後進の医師たちも被害に遭う」と考えた。

 22年12月、特に悪質な投稿約50件について、発信者情報の開示を大阪地裁に申し立てた。全ての開示が認められ、40人ほど発信者を特定。約半数とは、解決金の支払いを条件に和解が成立した。(「読売新聞オンライン」2024年2月3日

 2023年7月、和解に応じなかった投稿者17人を提訴。うち特に悪質だった3人に対し、大阪地裁は同年12月、計約70万円の損害賠償を命じる判決を言い渡している。 続きを読む