連載エッセー「本の楽園」 第101回 詩の読みようについて

作家
村上政彦

 某大手書店の偉い人と会食をしたとき、「文学は売れません」と断言された。分かってはいたが、読者にいちばん近い現場の人に言われて、あらためてがっかりした。しかしその人は続けて、「ところが茨木のり子は売れるんです」と言う。
 茨木のり子は詩人だ。僕も名前は知っているし、何篇かの詩は読んだ記憶があった。ただ、日本において、詩は、小説よりも、さらに売れないジャンルである。海外では、詩が売れる国もあると聞く。
 しかし、日本では、詩が売れる、と聞いたことはない。僕は、茨木のり子に関心を持った(そりゃそうでしょう)。そして、家に帰って書庫にあった彼女の本を探した。『詩のこころを読む』という本があった。 続きを読む

特集⑫ 山崎正友の謀略――山崎を「軍師」と仰いだ僧侶たち

ライター
青山樹人

「マッチポンプ」を仕掛ける

 日蓮正宗の内部では、1976年頃から、日達を師僧として得度した若手僧侶たちの先鋭化した動きが活発になってきた。
 山崎正友は妙信講問題の対応で本山に出入りしていく時期に、このうちの一人である浜中和道と親しくなっていた。
 もちろん山崎に人間としての信義などあろうはずもなく、最終的に浜中は山崎に利用されるだけ利用されたあげくに使い捨てられ、さらに自分の女房を山崎に奪われるという裏切りに遭う。 続きを読む

長嶺将真物語~沖縄空手の興亡 第9回 実業家としての挫折

ジャーナリスト
柳原滋雄

2度の経営失敗

 1957年8月、長嶺将真はわずか8票差で瀬長亀次郎市長の信任を問う市議会選挙で敗れた。従来は長嶺票に数えられていた「ソシン」とだけ記載した票が10票ほどあって最後まで判定に悩んだというが、運悪くこのときの選挙には同じ名前の候補者がいたことでこの10票すべてが取り消しとなった。そんなハプニングで落選しながらも、それでも長嶺は意気消沈して動きを止めたわけでもなかった。
 実際、翌月下旬には、沖縄タイムス紙に沖縄空手道連盟の知花朝信会長と長嶺(副会長)の空手に関する対談記事が上下2回で掲載されている。
 さらに10月には長崎市で行われた琉球物産展示会で長嶺が空手演武団の団長を務めるなど、空手に取り組む意気込みは衰えていなかった。 続きを読む

書評『創価学会の思想的研究〈上〉』――「創価信仰学」への第一歩

ライター
本房 歩

創価学会の内在的理論

 著者の松岡幹夫氏は創価学会員として生まれ育ち、僧籍をもったうえで、池田大作氏を師として創価学会の信仰をする学術研究者である。長年にわたって創価学会に関する思想的研究と言論活動を精力的におこなってきた。
 それは従来の宗教学的あるいは仏教学的な方法論とは異なる。信仰の当事者として創価学会の内在的論理(創価学会の信仰を支える世界観や哲学)を読み解き、学問的に説明しようとするものだ。 続きを読む

長嶺将真物語~沖縄空手の興亡 第8回 那覇市議時代

ジャーナリスト
柳原滋雄

3足の草鞋

 1952年、長嶺が20年にわたる警察人生に区切りをつけたとき、これから空手に専念するとの思いとともに、仕事では実業家の道を考えていたと思われる。
 実際、翌年の元旦号の琉球新報には、沖縄第一倉庫が出した新年号広告に「専務」として長嶺の名が記載されている。当初は空手指導者と実業家の2つの活動で生計を立てるつもりだったと思われるが、人生のハプニングはすでに翌年生まれた。
 警察を辞めて1年後、多くの自治体で定数増に伴う臨時の議会選挙が行われることになったのだ。那覇市も定数を大幅に増やし、増加分の市議会議員を新たに選ぶ選挙が3月に行われ、長嶺も立候補し、当選した。 続きを読む