歴史って、不思議だ。なぜかと言えば、それは、「時間」の中に起こるものだから。
時間は、二度と戻ってこない。過ぎ去った昔を呼び起こして、その中で活躍した人たちのことをいきいきとよみがえらせるには、「語り」の音楽が必要である。
町田康さんは、現代の「琵琶法師」だ。伝説の、「講談師」だ。町田さんの刻む言葉のリズム、生命の躍動を通して、源義経や、武蔵坊弁慶など、日本人が慣れ親しんできた人物たちが、あざやかによみがえる。私たちが、いにしえの人たちとつながる。
町田さんの言葉のほとばしりといったら、どうだろう。ちょっとしたひねり、表現のうねり、受け止め、そして、香ばしい着地。まるで、心地よい音楽を聞いているかのよう。読み始めたら、最後まで一気に読んでしまう。その理由は、町田さんの「やさしさ」にある。
虐げられた者、隅に追いやられた者への、温かい眼。運命の変転。すれ違い。町田さんの視線は、やさしいと同時に、この世のありさまをリアルにとらえているから、決して、甘くはない。むしろ、厳しい。だけど、温かい。
『ギケイキ』の隠れたテーマ。それは、「個性」というもののやっかいさと、輝きだろう。現代を生きるすべての人へのエールが、そこにある。
義経にせよ、弁慶にせよ、脇役たちにせよ、いかに魅力的なことか。欠点もある。悪意もある。しかし、一人ひとりが、ほかの人では代えがたい個性をもって描かれているのだ。
巨大化する現代社会において、人は時に無力感にとらわれがちである。しかし、『ギケイキ』には、個性が、周囲に影響を与え、歴史をも変えるという希望が描かれている。少なくとも、自分の周りの、「小さな歴史」においては。
しかし、結局、身の回りからこそ、世界は始まるのだから。
『ギケイキ』は、人間賛歌である。混迷を深めるこの時代に、そんな歌を思い切りうたってくださった、町田康さんの素敵な個性に、感謝と花束を送りたい。
町田さん、ありがとう!