人間は、ふしぎな存在だ。立場、年齢、性別に関係なく、豊かな感情を持ち、よりよく生きたい、という意欲を持つ。
私たちは、世界を、つい、別々の小世界に分けて考えがちだ。そして、それぞれの部分に、異なる人間が住んでいると思ってしまう。しかし、本当は、世の中には、一つの「人間」が住んでいるだけだ。
見かけ上の違いを超えて、人間の、「真ん中」どうしを感じあう。そのためには、関係ないように見える小世界の間に、「補助線」を引くことが大切だ。
近年において、日本の音楽シーンを作り上げてきた、いわゆる「Jポップ」と呼ばれる分野の楽曲たち。ミスチルや、ゲスの極み乙女。西野カナといったアーティストたちの生み出す曲が、「イマドキの若者たち」の心を摑んできた。
これらの楽曲は、日本という国の今の気分を表しているけれども、それが、グローバル化する中での人類普遍の価値や原理とどのようにつながるのかは、あまり問題にされてこなかった。というよりも、Jポップは、そういう「グローバルスタンダード」とは無関係なところで生まれる日本独自の文化であるという雰囲気が強かったと思う。
本書は、Jポップと、西洋の哲学者たちの間に「補助線」を引くことで、二つの異なる世界を混ぜる。その結果生まれる心の運動が、スリリングで感動的だ。
Jポップの細やかな心情表現は、カントやニーチェ、ハイデッガーといった哲学者の思想と、どのようにつながっていくのか。具体的な歌詞が、抽象的で普遍的な哲学の問題へと導かれていく「対話篇」は、読み応えがある。
宇多田ヒカルや嵐、ONE OK ROCKの作品が、いかに、「私」をめぐる深い思想につながっていくのか。大胆な補助線を引くことこそが「生命のイノベーション」を起こすのだと納得させられる。
著者は、大学で哲学を研究する若き学究。深い専門性に裏付けられた考察が、現代社会に対するリアルな感覚で味付けされた本書は、哲学研究者としての一つの「決意表明」でもあるだろう。