なぜ夜回りを始めたか
書評子として、自分の「感情」をあからさまに書いてしまうのは、誉められる話ではない。
じつは第三文明社から本書が届いたとき、書名だけで勝手に内容を想像してしまっていた。
ああ、あの「夜回り先生」として知られる水谷修氏が、きっと公明党の政策なり実績なりを肯定的に評価する書籍なんですね、と。
ところが、プロローグからわずかに読み進めるうちに、不覚にも目頭が熱くなってしまった。それはエピローグを読み終わるまで何度も続いた。
私は、今から二十八年前に、夜の世界に入りました。横浜にあった生徒数八百人、日本で最大の公立夜間定時制高校に赴任しました。
当時の夜間定時制高校は荒れていました。
(中略)
横浜の山手警察署から連絡を受け、
「お宅の生徒を銃刀法違反で逮捕した。来てくれ」
「刃渡り何センチですか」
「中国製のトカレフ、拳銃、実弾付き」
こんな事件もあたりまえのようにありました。(本書)
学校にも来ず、夜の街を徘徊している生徒たちと人間関係を築き、教室に戻す。そのために水谷氏が始めたのが「夜回り」だった。
夜の街には、売春やドラッグに手を染めている若者たちもいる。水谷氏は、そうした少年少女を見つけると、根気強く話をする。これまで関わってきた夜の世界の若者たちの数は、1万人を超える。
そして氏は、この「夜回り」をこれからも死ぬまで続けていくと綴っている。
「今日から一人ではありません」
これまでに4人だけ、この「夜回り」に同行したいと言ってきた国会議員がいたという。4人とも公明党の国会議員だった。
私は、さまざまな党の数多くの国会議員と出会ってきましたが、自分から「『夜回り』に連れて行ってくれ」と言ったのはこの四人だけです。公明党には、変わった人材がいるようです。(本書)
水谷氏と公明党との出会いは、2002年のことだった。
すでに10年以上、夜の街を回っていた。しかし、自分1人ではどうすることもできない問題だらけだった。
しかも、夜の街で会える子どもたちはまだいい。自室にこもり、リストカットを繰り返しているような子どもたちが大勢いることを知って、水谷氏は愕然とした。
行政や政治の力が必要だと実感し、多くの地方議員や国会議員を訪ねたが、誰もとり合ってはくれなかった。
苦悩していたさなかに、東京弁護士会から人権賞を受けることになる。表彰式で氏に賞状を渡してくれたのが、弁護士でもある当時の浜四津敏子・公明党代表代行だった。
式典のあと、水谷氏は思い切って浜四津氏に自分の話を聞く時間をつくってほしいと懇請した。浜四津議員は快諾し、翌週には公明党本部で会うことになった。
しかし、連立与党の代表代行である。多忙なスケジュールは詰まっており、秘書から告げられた面会時間は15分間だけだった。
必死で話すうちに15分が経ち、秘書が議員に声をかけた。その瞬間、浜四津議員は秘書を制止し、
私のほうを見て、「水谷先生、時間は気にしないでください。大切なお話です。きちんと話を聞かせてください」と優しく言ってくださいました。(本書)
気づくと2時間、浜四津氏は水谷氏の話に耳を傾け、最後は水谷氏の足元に座って氏の両手を握りしめ、涙を流しながらこう語ったという。
「水谷先生、つらかったですね。苦しかったですね。今まで、よく日本の子どもたちを守ってくださいました。ありがとうございます。でも、今日から先生は一人ではありません。私をはじめ、すべての公明党議員が水谷先生とともに、日本の子どもたちを支えていきます。日本の子どもたちのために戦っていきます」
「たぶん公明党しかありません」
そして、その言葉は現実となる。どこへ行っても、全国の3000人の公明党議員が機敏に連携して、氏と思いを共有して行動するようになる。
しかも、公明党には単に国と地方に3000人の議員がいるだけではなく、他の政党と決定的な違いがあることに、水谷氏はすぐに気づいた。
私は、子どもたちや若者たちに対する私の活動に賛同し、そして協力してくれた議員の方々への選挙協力をしています。自由民主党の議員もいますし、旧民主党系の議員もいます。当然、公明党の議員の方々も。(本書)
しかし、公明党以外のほとんどの党はピラミッド構造になっており、地方議員は国会議員を「先生」をつけて呼ぶ。なかには、得票に結びつく行事でもないかぎり、地元に戻ろうとさえしない国会議員もいる。
対する公明党は、さすがに山口代表に対しては「代表」をつけて呼ぶが、すべての議員は互いを「さん」付けで呼び合う。
完全に平等な関係で問題を共有し、必要に応じて地域の垣根も越え、国会議員が自分の専門分野において解決を図る。
現在の日本で、それができる政党は、たぶん公明党しかありません。
日本のすべての地域で、一人も忘れられた人をつくらず、声なき声に耳を傾け、そして、一人でも多くの人が、幸せになることができる社会をつくる。これこそが公明党の一番の仕事であり、公明党「チーム3000」にしかできないことだと私は思います。(本書)
本書の最後に、水谷氏は自公連立政権というものについて、自身の考えを綴っている。
公明党支持者のなかにも、自民党との連立に対してさまざまな意見があること。とりわけ、今の安倍政権が「憲法改正」を声高に叫んでいることへの懸念。
長く公明党を支持してきた人の一部に混乱があることをも、氏は「気持ちは十分に理解できる」と記している。
それでもなお、水谷氏は公明党が政権内に留まるべきだと考え、その理由を綴っているのだ。
本書は、ありふれた政党への賛辞の書物ではない。今なお日本社会に、人知れず苦しみを抱え、助けを必要としている子どもや若者がどれほどいるか。
水谷氏自身が、何とどのように格闘してきたか。きわめて率直に、正直に、綴られている。自身や妻が、かつて公明党をどのように見ていたかも、ありのまま書かれている。
本書に触れ、水谷氏と思いを共有し、子どもたちに手を差し伸べ、社会を変えていく人が1人でも増えることを願う。