人は出会い、そして別れる。この世との、そして愛しき人々との最後の別れが「死」である。
人間は2度死ぬという。1度は生命が尽きた時。そして、2度目はその人を思い出す人がいなくなってしまった時。
『春の消息』を読みながら、そんな出会いと別れのふしぎさ、生命のかけがえのなさについて考えていた。
柳美里さんは人間の精神性についての深い感性を持った作家である。その柳さんが、大学で宗教や死生観を研究する佐藤弘夫さんと出会って、運命だと感じるような衝撃を受けた。ここからすべては始まる。
柳さんと佐藤さんは、死者を祀り、思い出すために営まれている東北地方のさまざまな場所を一緒にめぐる。その中で触発されたことを、柳さんがエッセイにする。2人の巡礼の旅が、美しい写真で記録される。感じたことを語り合う。そのようにして、「魂のロードムービー」とも言うべき忘れがたい1冊が出来た。
死者を思う風習はもちろん日本各地にあるけれども、東北のそれには独特の深い色彩と陰影がある。思わずはっと立ち止まってしまうような祈りのかたちがある。『春の消息』には、そのような気配が色濃く漂い、記録されている。頁をめくるたびに、「ああ!」というような発見と、すべてはつながっているという安堵があるのだ。
若くして亡くなった人のために花嫁人形を奉納したり、あるいはそろそろ子どもができるという頃には子どもの人形を納めるという習慣がある。そのようにして、亡くなった人たちが人生の時を一緒に過ごしていく。心のこもった祈りのかたちを通して支えられてきた亡くなった方々との絆。
地震、大津波、原子力発電所の事故。さまざまな出来事があった東北という土地で、人々は息づき、思い、出会い、そして別れていく。生と死の壁を超えて、人と人は結ばれている。
作家と学者が縦糸、横糸になり、ここにひとつの忘れがたい本ができた。『春の消息』は、生命に対する祈りであり、賛歌である。