【書評】今の時代へのふくよかな期待と夢に充ちた「予感の書」
 解説:茂木健一郎(脳科学者)

『そして、暮らしは共同体になる。』(佐々木俊尚著)

 季節が変わり、例えば春になる時、その兆しは、さまざまなところに表れる。空気のやわらかさだったり、膨らんでいく木の芽だったり、あるいは鳥のさえずり。そのようなシグナルを受け取って、私たちは時が移ろい行くのを知る。

『そして、暮らしは共同体になる。』は、ジャーナリストの佐々木俊尚さんが、私たちの生活のあり方、考え方が変化していくその兆しを、食べること、住まうこと、つながることなどさまざまな分野における兆候からとらえた本である。

 佐々木さんは、インターネットなどの最先端技術の分析で広く知られている。ツイッターでは、さまざまな情報を「キュレーション」して伝える活動を熱心にされてきた。そんな佐々木さんが今注目するのは、静かで、当たり前のライフスタイルであり、人と人とがゆるやかにつながる共同体である。

 かつて支配的だった「上へ、上へ」という上昇志向。その一方での、消費世界から反逆する「外へ、外へ」というアウトサイダー志向。そのような潮流に対して、今世界が向かっているのは、「横へ、横へ」というネットワーク志向だと佐々木さんは分析する。

 贅沢な食材を使うのではなく、ごく当たり前のおいしい食や、個性的で着心地の良い普段着。宣伝に踊らされて買うのではなく、自分たちが必要なものを、欲しい時に手に入れるライフスタイル。そんな私たちの新しい生活感覚を、佐々木さんは「共同体」をキーワードにして分析していく。

 本書には、新しい時代の予感のようなものが満ち溢れている。読み進めながら「ああ、ほんとうにそうだ」「こういうの、心地よいな」と共感できるポイントがたくさんあるだろう。随所にちりばめられた佐々木さん独自の料理のレシピも、読んでいるだけで楽しい気持ちになる。

 先端技術が、ごく当たり前の生活と融合していく時代。『そして、暮らしは共同体になる。』は、そんな時代へのふくよかな期待と夢に充ちた、「予感の書」である。


『そして、暮らしは共同体になる。』
『そして、暮らしは共同体になる。』
佐々木俊尚著
アノニマ・スタジオ
税抜価格 1,600円
発売日 2016年12月1日