〝相手の側の気持ち〟を考える
著者の胡金定氏は甲南大学教授。1956年、中国・福建省生まれ。国立厦門大学を卒業後、世界銀行の奨学生となって日本に留学し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程を修了した。日本暮らしは既に30年余、人生の半分を超えている。
本書(『日本と中国の絆』)は日本と中国の文化の比較研究を続けてきた胡さんが、日常の生活習慣や文学作品、あるいは歴史上の人物の逸話などを通し、両国のかかわりを読み解いたエッセイ風の論考集である。
中国語での著作などは多数執筆してきた胡さんにとっても、日本語によるエッセイはこれが初めての出版になるそうだ。月刊誌『第三文明』の2013年7月号から2015年8月号に連載されたものを、大幅に加筆修正した。
この期間は、日中間が政治的に〝国交正常化以来で最悪〟といわれる対立に揺れていた渦中から、ようやく歩みよりに転じることができた時期に重なる。行間からは、なんとしても両国の関係を修復させ、民と民との間に互いを知る扉を開こうという、胡さんの静かな闘志のようなものが伝わってくる。
尖閣諸島の領有権をめぐる緊張は今も続き、さらに南シナ海での中国の海洋進出は周辺諸国の大きな懸念となっている。日本の人々から見れば、国力をつけてきた中国がずいぶんと横暴な振る舞いをしているように映る。
たとえばこの問題でも、胡さんの筆は両国政府にピシャリと言うべきことを言う。一方で、明代にアフリカまで大艦隊を率いた航海家・鄭和(ていわ)の航跡から説き起こし、アヘン戦争以来の1世紀の海洋史が中国人の胸に「屈辱の歴史」「負の教訓」として刻まれていることを率直に綴る。
その誠実な文章は、ことのシロクロを問う以前の〝相手の側の気持ちを知る〟ということの重要さに、あらためて気づかせてくれる。これは今の世界で、あるいは一番欠けていて、一番求められていることではないのかと思う。
文革の渦中に知った「池田提言」
ところで、胡さんはなぜ日本を留学先に選んだのか。
世界銀行は米国の強い影響下にあり、奨学試験に受かった者は米国への留学を勧められると胡さんは綴っている。当時、胡さんも2度ほどそのように勧められ、胡さんのほかに奨学試験に合格した3人は米国に留学した。それでも、胡さんは日本という選択肢を変えなかった。
胡さんが日本に興味を抱いたきっかけは、高校の社会科の授業だった。
学校の先生が、一九六八年の九月八日に発表された池田大作先生(創価学会名誉会長)の「六八年池田提言(日中国交正常化提言)」を紹介し、「日本には世界の平和を愛する人物がいる。正しい人生を生きる大きな勇気を持った偉大な人物である」とほめ讃えたのです。(本書より)
当時はまだ文化大革命のまっただ中である。胡さんは非常に驚き、同時に強烈な関心を持った。厦門大学に進学すると、大学の図書館で中国語版『人間革命』を読み、日本に留学してからは日本語で池田名誉会長の著作を読みふけったと述懐している。
正しい文法を用いた美しい日本語で、難解な漢字にはルビも振られ、読む者の心を励まし勇気づける池田先生の数々の著作は、非常に優れた日本語の教科書でもあったのです。(同)
池田名誉会長は日中友好に大きな足跡を残してきたが、1970年代の文革当時に、すでに中国国内で大衆たちにどのように受け止められていたかを物語る証言である。
本書では、中国人の血を引いていた赤穂浪士・武林唯七、戦前の上海に「内山書店」を開いた内山完造、日中親善に尽くした碁聖・呉清源など、まだまだ広く知られていない史実もふんだんに綴られていて興味深い。
口で「友好」を語ることは容易いが、では自分たちは中国のことを、あるいは日中の歴史をどこまで知っているのか。虚心坦懐に紐解きたい一書である。