【書評】現代美術家・宮島達男の思想的背景がここにある
 解説:茂木健一郎(脳科学者)

『芸術論』(宮島達男著)

 私がこの本の著者の宮島達男さんの作品を初めて見たのは、東京都現代美術館だったと思う。壁の上に大きな四角があり、その中で「1」から「9」の数字が点滅していた。その不思議なリズムに圧倒されて、立ち去ることができなかった。
 見た瞬間、そこには何かがあると確信される。すぐれた芸術は、「気配」として立ち上がる。そして、宮島さんの場合、背後にあったのは「生命」に対する哲学であり、また人間に向けての「愛」であった。
 アートの不思議なところは、具体的な説明がないのに、一瞬にして、本質のようなものがこちらに伝わってきて、忘れがたい感銘を残すということである。瞬間の中に、永遠が凝縮されているのだ。

 『芸術論』は、宮島さんという一級のアーティストの思想的背景を知ることができるという意味で、貴重な本である。そして、これは単なるアート本ではない。もっと広がりがあり、深みがある。アートと無縁に生きる人の人生にも、感化を及ぼす力がある。というのも、宮島達男さんのアートに対する見方、感じ方が、開かれているからだ。
 私が東京都現代美術館で見て衝撃を受けた作品のタイトルは、「それは変化し続ける それはあらゆるものと関係を結ぶ それは永遠に続く」であった。そして、本書において明らかにされるように、このコンセプトこそが、宮島さんのアートの原点であり、核心である。

 宮島さんは、東京藝術大学の大学院を出た後、フランス留学の夢が挫折し、いよいよ腹を括り、足元である日本からスタートしようと決めたのだという。そして、まずは自分の作品の核となるコンセプトを練り上げようと、昼夜を分かたず考え抜き、この三つのコンセプトを固めた。そうして、作品を作り始めたのが、30歳になる年だったという。

 宮島さんは、すべての人の中にアートはあると信じている。アートは、「村」の中に閉じ込められているべきものではないと考えている。そして、実際に行動している。
 戦争の反対語は平和ではなく、芸術だと考えている。
 人間を信じている。

 本書は、全身芸術家である宮島達男さんの「マニフェスト」だ。仏教の本質に関する考察も、興味深い。法華経にある日月燈明如来という名前のブッダをめぐる「永遠」と「変化」の関係についての文章を読むだけでも、この本を手にする価値がある。
 私たちの生命は、「今、ここ」にあってやがては消えてしまうからこそ、「永遠」へとつながっている。アートは、そんな真理に気づく手助けをしてくれるのだ。


『芸術論』
『芸術論』
宮島達男著
アートダイバー
税抜価格 1,600円+税
発売日 2017年3月3日