本書を読み進むうちに閃いたのは、夏目漱石の名作、『三四郎』の中の台詞である。「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……日本より頭の中の方が広いでせう。……囚われちゃ駄目だ」。台詞の主は、昼行灯のように茫漠としていながら、悠揚迫らない風情の広田先生である。まさしく、平成の広田先生ともいうべき茂木氏は、常識という狭い了見に囚われた人々に、自分の頭の中がどれだけ広いのか、その中に無限の可能性があることを、意外にも質問力を通じて分かりやすく説いてくれる。しかも、平成の広田先生は、上から目線で諭すのではない。何よりも、自らの体験をベースに具体的なトレーニングのメニューまで披瀝してくれるのだ。至れり尽くせりとはこのことだ。
本書によれば、質問力のキモは、モヤモヤと違和感を感じる力、その感情を冷静にもう一つの目で観察する「メタ認知力」、さらにメタ認知力を通じて気づいた自分の中のバイアスを絶えず修正し、新しい世界へと導く論理の力にある。茂木氏が並の優等生ではないのは、感情的な引っ掛かりを何よりも大切にしていることだ。それは、「クオリア」(感覚質)の探究を生涯のテーマとしている脳科学者ならではの発想に違いない。自分の感情と対話をする、そして己自身とは何であるのかを知る、それこそ、メタ認知の醍醐味である。
本書を読みながら、私にとっての最大の収穫は、はにかみ屋でありながら、それでいて一瞬の閃きも逃さない知的な俊敏さを備え、「物分かりの悪さ」にこだわりながら、無垢な子供のように人間の謎に迫ろうとする、私のイメージしていた茂木健一郎とは違う、生まれながらの探究者を見つけ出したことだ。スルスルと読め、分かりやすく、それでいて中身の濃い本書を、とりわけ若い人々に薦めたい。