2009年4月、就任して間もない米国のオバマ大統領は、プラハで「核なき世界」の実現を目指すという演説を行った。この際表明されたビジョンも評価され、オバマ大統領は、その年のノーベル平和賞を受けることになる。
原子爆弾の惨禍を知る唯一の国である日本の私たち。オバマ大統領のプラハ演説からの年月の中で、私たちは、「核なき世界」に近づいているのだろうか? もし、現実の難しさを前に立ち止まっているとするならば、何が問題なのだろう?
名著『貧困大国アメリカ』で、経済原理の優先で社会が隅々まで変えられていく実態を描いた堤未果さん。
『もうひとつの核なき世界』では、核兵器の問題が、核の「平和利用」と切り離せない実態を、丹念に描く。
2011年3月11日の東日本大震災、そして、福島第1原子力発電所の事故によって、私たちは、電力を生み出すために「平和利用」されている核もまた、潜在的に恐ろしい存在であると知った。
このような、「隠れた核」の実態を、堤さんは湾岸戦争における「劣化ウラン弾」による被害を通して描く。核分裂を起こしやすいウラン235の含有量が低い劣化ウランは、比重が大きいという特徴を持ち、砲弾に加工すると強い破壊力を持つ。このため、とりわけ対戦車用の砲弾として使用されるが、重金属としても、また残留放射能を通しても、健康被害をもたらすのである。
核による被害について実態を知らなければ、たとえば原子力発電所の問題についても、的確な判断を下すことができない。ところが、その正確な情報が隠蔽されている実態を、堤未果さんは丹念に検証する。
堤さんは、決して1つの主張を前面に押し出さない。さまざまな関係者の声を、森のざわめきのように拾ってくる。その多様な証言、意見の中から、複雑な現実のあり方が、徐々に見えてくる。
堤さんが描く「現実」のひんやりとした感触の中から伝わるのは、人類に対する深い愛と信頼。必読書である。