「デジタル・ネイティヴ」という言葉がある。インターネットなどの技術は、かつては新奇で特別なものだったが、いつかは当たり前のものになる。それは、喩えて言えば、空気のようなものになる。
コンピュータという存在が、私たちの環境の中に溶け込んでいくのだろう。かつては、コンピュータは、巨大な機械仕掛けの装置だった。それが、電子式になり、集積回路になり、ムーアの法則に従って高性能化、小型化していくと、次第に日常生活の中に空気のように拡散していく存在になるのだろう。
それは、新しい「現実」の誕生。「現実」とは別の存在として「ヴァーチャル」が構想される時代から、むしろ計算機が生み出すものが既存の「現実」と融け合って、新しい「現実」を生み出す時代になる。
落合陽一さんの『魔法の世紀』は、このような変革の時代にふさわしい名著である。「現代の魔法使い」との異名を持つ落合さんは、超音波によって空中に絵を描いたり、プラズマの光に触れたりといった、従来では考えられないような作品を生み出すことで、「現実」を変える試みをしてきた。
『魔法の世紀』は、落合さんの研究に対するユニークなアプローチの記述だけでなく、計算機科学の歴史を俯瞰する導入部を含むことで、すぐれた入門書にもなっている。若き学究の、渾身の一冊。この分野に関心を持つ、すべての人に読んでいただきたい。
『魔法の世紀』の初稿は、評論家の宇野常寛さんが主宰する批評誌に掲載された。書籍化に当たり、緻密な編集作業がされたという。落合陽一さんのお父さまは、国際政治ジャーナリストの落合信彦さん。ラジオの番組の収録でお目にかかった時、お父さまから受け継いだ大切なことの一つは、「良いワインを見分けること」だと言っていた。
周囲の人間模様も魅力的な、落合陽一さん。注目の若手学者の一冊を、ぜひ、多くの方に読んでいただきたい。そこには、私たちが作り上げつつある新しい「現実」の感触がある。