名門・香港中文大学第6代学長との対話
対談者の一方である劉遵義(りゅう・じゅんぎ)氏は香港中文大学の第6代学長(2004~2010)を務めた。1944年、中国貴州省生まれ。香港で初等教育を受けたあと米国スタンフォード大学に学び、カリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得。スタンフォード大学アジア太平洋研究センター長などを歴任した。経済発展と経済成長、中国を含む東アジア経済を専門とする経済学の泰斗である。1997年のアジア通貨危機を早くから予測し、警鐘を鳴らしていたことでも知られている。
一方の池田大作氏は、世界192カ国・地域に広がるSGI(創価学会インタナショナル)の会長であり、創価大学、アメリカ創価大学、創価学園などの教育機関、民主音楽協会、東京富士美術館、東洋哲学研究所、戸田記念国際平和研究所、池田国際対話センターなどの創立者である。ハーバード大学や北京大学、モスクワ大学など世界の多くの知の殿堂で講演を重ね、香港中文大学を含む世界5大州の名門大学・学術機関から360を超える名誉学術称号を受けている。
その両者は月刊誌『第三文明』(2014年5月~12月)誌上で対談を連載。本書はそれに加え、1968年の日中国交正常化提言を含む池田会長の中国に関する3つの提言と、世界金融危機についての劉遵義博士の所感が収録されている。
香港中文大学は香港大学と並んで世界ランキングでも常に上位を占めている最高学府。劉氏は本書でも、
本学は中国全土のみならず、マカオや台湾も含めた大中華圏における最高峰の大学となる可能性を秘めています。
と、述べている。
ちなみに、池田氏は香港が中国に返還される前から歴代の総督と友誼を深め、同地に香港創価幼稚園を創立。1992年には香港中文大学で「中国的人間主義の伝統」と題して講演し、同大から第1号の最高客員教授称号を授与されている。
また2000年にはシンガポールのリー・クアンユー上級相や北京大学の陳佳洱前学長らと並んで、同大学から日本人への初の名誉博士号となる「名誉社会科学博士号」を授与された。
「貪欲・強欲」をどう克服していくか
本書ではいくつかのテーマが縦横に語られているが、大きな柱としての第1は「教育」である。両者は経済学者と宗教者であると同時に、生涯を教育にささげてきた者同士でもある。
劉博士自身の生い立ちや青年時代にも触れながら、教育の理想、グローバル時代に教育が果たすべき使命、また不透明な時代を切り開いていくために必要な力について忌憚なく話し合われている。
第2は、世界平和とアジアという視点に軸を置いての「経済」である。折しも中国経済の〝減速〟が国際社会の注視の的になっている。じつは劉博士は1966年に中国経済の計量経済モデルをはじめて構築したことで知られている。
博士は、
七%に縮小した経済成長率でも、十年間で中国の経済規模は今の約二倍になり、二〇三〇年まで数年を残す時期には、アメリカ経済の実質生産量のレベルに追い付くことができる、と私は予想しています。
仮に年間経済成長率が一、二年の間、四%にまで落ち込んだとしても、中国経済はやすやすとその減速時期を乗り越えることができるはずです。
と述べている。
一方で、劉博士は2007年から09年に起きた世界金融危機を分析し、「貪欲・強欲」という人間に内在する問題に警鐘を鳴らす。そしてこのことは、人間そのものの変革なくして世界の変革はあり得ないということであり、池田氏が既に1970年代のA・トインビーとの対話以来、世界の知性と語り合ってきたテーマに重なっていく。
対話の名手である池田氏は、本書でも一貫して劉遵義氏の人柄と知見を引き出しつつ、読者なかんずく未来を担う青年に対し大いなる啓発と助言を贈ろうとしている。
全体にきわめて平易に綴られており、副題に「平和と経済と教育を語る」とあるように、とりわけ高校生や大学生にぜひとも読んでほしい一書である。