若者が未来に希望を持てる社会をつくる

NPO法人D×P(ディーピー)共同代表
今井紀明

 若者支援を通して見えてくる「未来志向」のあり方。

通信制高校の実情

 私は今、主に通信制高校に通う生徒をサポートしています。そのきっかけとしていちばん大きなものは、「イラク人質事件」後に経験したバッシングです。
 イラクから帰国した私は、つらく苦しい日々を過ごすようになりました。何人もの見知らぬ人々から町なかで突然罵声を浴びせられたり、いきなり殴られることもあるなど、人間関係に恐怖を感じて自宅に引きこもる生活が5年も続いたのです。
 立ち直ることができたのは、大学で出会った友人の朴基浩(D×P共同代表)の一言でした。「多くの国民からバッシングされるつらさなんか誰にもわからない」と思わずぐちをこぼしてしまった私に対して、彼は「でもそれは、自分で向き合わないといけないよね」と励ましてくれたのです。
 以来、私は2つのことに取り組むようになりました。1つは再び海外に行き始めたこと、もう1つは自分の経験を話し始めたことです。このことを通して精神的にも回復していきました。
 卒業後は商社に就職し、大阪へとやって来ました。同時に通信制高校に通う生徒を支援するNPOを立ち上げようと考えました。理由は、周囲の無理解や圧迫に苦しむ彼らが、かつての私に似ているように感じたからです。
 文部科学省の統計では、通信制高校への転・編入者の約7割が、他校で1度退学を経験していることがわかっています。また4割近くが中学時代に不登校を経験していることもわかっています。つまり、いじめ・体罰・学力不振など、さまざまな要因が彼らの自信を失わせ、不登校や引きこもりにつながっている現実が存在するのです。一方、全国で約19万人にのぼる通信制高校の生徒を支える社会的な仕組みは存在していません。だから私は、彼らを支えるNPOをつくりたいと考えたのです。

夢を見つけ蘇生する若者たち

 現在D×Pでは、主に2つの体験型学習プログラムを提供しています。1つは日本で唯一、通信制高校における「総合学習」(文科省が定める生徒の自主的な課題学習)の単位として認定されている「クレッシェンド」です。
 今年度は関西圏の通信制高校4校の生徒120人を受け入れ、1回150分の授業を4回提供しています。受講する生徒約10人に対し、社会人や大学生などさまざまな背景やスキルを持ったスタッフ8人が長期的に関わり、自らの失敗や挫折をいかにして乗り越えたかを語りながら、生徒との信頼関係を築いていきます。そして語らいを深めるなかで、生徒がどんなことに興味や関心があり、将来何をしたいのかを確認しながら、彼らが自分の夢に向かって頑張れるよう意欲を引き出すのです。
 もう1つは「フォルテッシモ」というインターンシップです。若者支援に理解のある地元企業や団体にご協力をいただきながら、就農体験や就労体験などいろいろな職業教育の機会を提供しています。
 フォルテッシモは、これまでにたくさんの成果が生まれています。まず目に見えて大学への進学率が向上しました。自らの将来の方向性が明確になるため、高校卒業後もさらに学びたいとの意欲が高まるのだと思います。
 たとえば写真家のインターンを経験した生徒4人は、皆がカメラマンを志望するようになりました。まず共同制作の形で写真集をつくってネットを通じて250冊以上を売り上げたり、それぞれがお金をためてアメリカやカンボジアなど各地へ撮影に出かけるなど、抜群の行動力を見せてくれています。その様子は、かつて不登校の悩みを抱えていたとは思えないほど積極的です。やはり一つ一つの「できた!」という喜びが、本人の自信につながり、彼らの主体性を引き出していくのだと感じています。

通信制高校だからこそ「同窓会」をつくりたい

 これまで活動を続けるなかで、多くの方々から喜びの声が寄せられるようになりました。提携している通信制高校の先生は、「D×Pはまるで副担任みたいですね!」とおっしゃっていました。学校だけではカバーできない形での支援を喜んでくださっています。
 また保護者はわが子が何事にも前向きに取り組むようになったことを喜んでくださっていますし、社会人ボランティアの方々は自らの挫折の体験が若者の立ち直りに役立つ喜びを感じています。
 私は、疎外感を覚えやすい時代だからこそ、高校卒業後も人と人とのつながりを感じられるような支えあいの仕組みを、「同窓会コミュニティー」のような形で進められないかと考えています。幸い、島根県海士町の旅館での就労体験では、インターンを経験した高校生たちがよい伝統をつくってくれています。数ヵ月の体験を経た彼らが地元へ戻り、後輩や保護者向けの報告会を開催し、働く喜びを語っているのです。そして体験を聞いた後輩たちが後に続くよい流れが生まれ始めています。
 その上で、私たちのこれからの課題は、公立の定時制高校への支援活動をどう展開していくかです。かつてのように勤労者のみが定時制に通う時代ではありません。定時制は通信制高校と同様、何らかの課題を抱えて1度退学をしたり、引きこもりを経験した子どもたちの通う割合の高い学校になっているのです。通信制高校の特徴は進路未決定率の高さです。私たちが最近行った調査では、約44.5%もの生徒が卒業後の進路を決めていません。中退予防や高校卒業後の引きこもり防止の観点からも、同様の課題をもつ定時制高校へのサポートにもぜひ取り組みたいと考えています。
 ただ、公立校の場合、NPO法人と連携を図るための予算が確保されていません。また通信制高校と違い、定時制は地元に暮らす子どもたちが通う学校ですから、彼らにインターンシップを提供するためには、地元企業のさらなる理解と協力が不可欠です。実績と信頼を一歩一歩積み重ねながら、定時制高校へのサポートを粘り強く展開していきたいと思います。

若者への投資が未来を開く

 私は1度挫折した若者たちが再び元気を取り戻し、活躍していく様子をたくさん見てきました。年齢が若ければ若いほど、また支援の時期が早ければ早いほど、彼らの立ち直りの可能性が高まることを実感しています。またどんなに否定される存在であっても、周囲の温かい理解と適切な支援があれば、必ず立ち直れることも実感してきました。
 私自身、たくさんの人々から否定され続けた人間ですが、多くの人の支えがあってこれまでやってこられています。だからどれほど絶望し、死にたいと思うようなことがあったとしても、変わるきっかけを探していれば、必ず自分にふさわしい道が見つかると信じています。自分自身をあきらめないことが大切だと思います。
 若者支援というと、当事者だけの問題だと思われがちですが、そうではありません。少子高齢化が進み、高度経済成長期のような大幅な税収の増加が望めない現代にあっては、個人が高い技能を身につけ、GDP(国内総生産)を高められるよう国や行政が若者に投資していく発想を持つべきだと思います。不登校や引きこもりによって若者が働かなければ、それはそのまま「社会全体を支える力」が低下してしまうのです。
 その意味でも、特に若い世代に対して「自己責任」だといって区切ってしまうやり方には疑問があります。この言葉は、弱者と強者を区切り、挑戦者をつぶしてしまう言葉です。自己責任を押し付ける前に、何らかの理由で挫折してしまった若者が上ってこられる階段を、社会の側がつくっているのかを問う必要があると思います。
 私たちはこれからも、不登校や引きこもりの子どもたちの支援を通じて、一人一人の若者が自分の未来に希望を持てる社会の実現に取り組んでいきます。

<月刊誌『第三文明』2014年5月号より転載>


いまい・のりあき●1985年、北海道生まれ。立命館アジア太平洋大学卒。NPO法人D×P共同代表。高校1年生のとき、米国同時多発テロ事件のニュースを見て国際平和や子どもの問題に強い関心を抱くようになる。イラクで児童の医療支援にたずさわっていた18歳のとき、同国ファルージャ近郊で武装勢力の人質に。9日間の拘束を経て無事帰国を果たすも、今度は日本での「自己責任論」に基づく大規模なバッシングに苦しむようになる。その後周囲の支えによって大学へ進学、親友の一言をきっかけに立ち直り、再び世界の諸問題へ目を向けるようになる。卒業後は商社勤務を経て、通信制高校に通う生徒の支援に専念する日々を過ごしている。 NPO法人D×P 今井紀明のブログ NPO法人D×P