多忙な現代。つい眠りを削って無理をしがちだ。しかし、睡眠不足が重い病気や対人関係の悪化につながったら……。睡眠が人体に及ぼす影響について、ベストセラーとなった『あなたの人生を変える睡眠の法則』の著者、菅原洋平氏に話を聞いた。
睡眠不足は5大生活習慣病につながる
近年の研究では、睡眠不足が5大生活習慣病(がん・脳卒中・心臓病・糖尿病・精神疾患)に密接に関わっていることが分かってきまし」た。きっかけとなったのは、1999年に発表された、アメリカ・シカゴの女医たちが行った調査結果です。彼女たちは睡眠時間を削ると、糖尿病の発症率が2倍になるとのデータを発表しました。8時間眠る健康な人の睡眠時間を6時間にすると、糖分を代謝する役割を果たす「インシュリン」の分泌量も減少し、血糖値が上がっていく。つまり、短時間睡眠で血糖値が高い生活を続けると、糖尿病のリスクが高まると結論づけたのです。
ここから、「どうやら睡眠不足が身体疾患に影響を及ぼしているようだ」との発想が生まれ、加速度的に睡眠科学の研究が進み始めたのです。
スウェーデンの研究機関の調査結果によれば、不規則な交代勤務などで、日常的な睡眠不足に置かれている人の発がん率は、アスベスト(石綿)含有材の吸引被害に次ぐ高さとなっています。実際、客室乗務員や看護師などの「乳がん」の発症率は、一般に比べて高いものがあります。夜間に電灯をつけて明るく過ごしていると、眠りを誘発する「メラトニン」が体内に分泌されません。メラトニンには、がん細胞を中和する働きがあることが分かっています。つまり、明るい所で過ごし、夜しっかり眠れていないことが、がん細胞の生まれる危険性を高めているともいえるのです。
また睡眠不足は、精神疾患にも深刻な影響を及ぼします。かつてアメリカで行われた大規模調査では、22歳の大学生1300人を43年にわたって追跡しました。調査対象を「眠れている人」と「眠れていない人」のグループに分け、健康状態を調べていくと、調査開始から18年後となる40歳を境に、眠れていない人のうつ病の発症率が、眠れている人の2倍にも達することが分かったのです。
このように目に見えない睡眠不足は、10年単位の長期間で見ていくと、必ず目に見える形での重大な疾患をもたらしています。いわば「眠らなくても死なない」のではなく、「眠らなければ何か別の病気になって生命に危険を及ぼす」のです。
睡眠不足は自分自身を傷つける
現代人の生活を考えるとき、ストレスの問題は避けて通れません。しかし、ストレスは心の弱い人のみが感じるものではないのです。近年の研究で、このストレスが生まれるプロセスにも睡眠不足が密接に関わっていることが分かってきました。
実は生物にとってのストレスとは、「ウイルス感染」を意味しています。人の脳には記憶をつかさどる「海馬」と感情をつかさどる「扁桃体」が存在します。扁桃体は太古の時代には敵か味方かを判別し、戦うか逃げるかの判断をする重要な役割を担っていました。
たとえば、人と会話すると「飛沫感染」の危険性が生まれます。体の具合が悪く、免疫機能がうまく働いていないと、扁桃体の働きにより、自然と他人に会いたくないと感じるようになる。これが生物の本来感じるストレスなのです。
人は大脳だけが異様に発達してしまった生物なのですが、自分の命を守るため、時として過剰な防衛反応を示し、誤作動を起こしてしまう場合があります。たとえば、睡眠不足で脳の機能が低下すると、敵に襲われるのではないかと脳が判断し、扁桃体を強く働かそうとします。すると普段は気にもならない、ささいな他人の言動を発見し、攻撃的に捉え、強いストレスを感じてしまうのです。
また脳は外部の菌と戦うために、「HPAaxis(副腎皮質経路)」という神経回路を使い、「グルココルチコイド」という物質を分泌して菌を殺そうとします。しかしこの作用は、睡眠不足で脳の機能が低下すると、特に危険でないことに生命の危機を感じ、グルココルチコイドを多く分泌する誤作動を起こします。
このとき、実際は殺すべき菌など存在しないので、行き場を失ったグルココルチコイドは、人の記憶をつかさどる海馬を攻撃してしまうのです。ですから、うつ病の人の脳を見ると海馬がかなりやせ細っています。本来、自分を守るべき身体の仕組みが、睡眠不足で自分を傷つける仕組みに変わってしまう。よく「ストレスで眠ることができません」という人がいますが、しっかり眠ることができないから余計なストレスを感じて、人は疲れてしまうのです。
朝・昼・夕方〝5分の工夫〟で充実した眠りを
人はたくさんの生体リズムを持っています。その中でも睡眠に密接に関係する代表的なリズムが3つあります。このリズムをうまく調節することで、良質な眠りを得て健康な生活を送ることが可能です。
1つ目は人間の体内時計を管理する「メラトニンリズム」です。このリズムは、1日が24時間で動いていく地球環境に適応するために存在しています。暗くなると眠りを誘発する「メラトニン」を体内に分泌して人間を休ませ、朝、光を浴びるとメラトニンを減少させて目覚めさせるのです。ところが科学技術の進歩によって、1日中明るい世界になってしまったので、夜になってもメラトニンが分泌されず、いつまでも眠くならない場合があります。メラトニンの量は砂時計のように昼と夜で相反するために、夜メラトニンの分泌量が増えなければ、朝になってもメラトニンが減らずスッキリと目覚めることができません。結果、朝いつまでも頭がボーッとしてしまうのです。
朝きちんと目覚めるためには、光をしっかり浴び、メラトニンの分泌を止める必要があります。脳が目覚めるためには、1000から2500ルクスの明るさが必要です。私は「朝目覚めたら窓から1メートル以内の所で5分間光を浴びる」ことをお話ししています。曇りの日は室内の方が明るいかのような錯覚がありますが、曇り空でも十分な光を浴びることが可能です。
次に「睡眠―覚醒リズム」です。眠りはよく借金に例えられます。眠らなかった分だけ必ずどこかで、帳尻を合わせて脳を休ませなければなりません。これを医学の世界では「睡眠負債」と言っています。しかし負債を一気に返済することはとても大変です。そこで脳を休ませるアルファ波を出す簡単な方法があります。
起床から8時間後、6時起床であれば14時には脳に睡眠物質がたまって、眠気がピークになります。そこでピークを迎える前の起床6時間後に、あらかじめまぶたを5分間閉じて、脳を休ませておくのです。人はまぶたを開いている限り、目に入る画像を取り込み、脳を休ませることができません。まぶたを閉じることで軽い仮眠をとったことになるのです。
最後はより充実した深い眠りを得るための「深部体温リズム」です。人は表面体温と内臓の温度である深部体温の2つを持っています。暑いときは汗を蒸発させ、深部体温が上がり過ぎないようにしています。また寒ければ熱を体内に閉じ込めて、内臓が冷え過ぎないように調節しているのです。そして、この深部体温には一定のリズムがあります。
人間も他の動物と同じで、内臓の温度が上がれば目覚め、下がれば眠くなるのです。そして深部体温の上がり下がりの落差が急であればあるほど、就寝時の眠りが深くなります。深部体温が最も高くなるのは起床の11時間後、6時起床なら17時です。ですからこの時間に運動をして体温を上げれば、深い眠りを得ることができます。深部体温を上げるのに効果的な5分でできる運動を紹介しますので、ぜひ実践してみてください(イラスト参照)。
脳は睡眠不足などにより、覚醒レベルが低下するとさまざまなサイン(警告)を発します。多忙な現代ですが、眠りもまた仕事管理の一環です。みなさんも、脳からのサインをキャッチし、よりよい眠りで充実した人生を過ごしていただきたいと願っています。
背筋を伸ばす運動のポイント
この姿勢がとれたら、呼吸を止めないように気をつけながら、5秒ほど数え、すっと力を抜き、再び力をいれるということを繰り返してください。
『あなたの人生を変える睡眠の法則』(自由国民社刊)より
<睡眠不足チェック!>
下記に該当していたら睡眠不足の可能性あり。
一度、生活スタイルを見直してみては?①タンスの角に足をぶつける
②アメを最後までなめずに噛む
③机の上が片付かない
④夜中のお菓子を我慢できない
⑤ささいな他人の言葉にカチンとくる
⑥「あれ? 今なにしていたんだっけ」とつぶやく
<月刊誌『第三文明』2013年10月号より転載>
『あなたの人生を変える睡眠の法則』
菅原洋平著
自由国民社
1,470円(税込)
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