20代は下積みの時代

【ファイル1】 漫画家 渡辺正文(25歳)

〝嘘〟なのにドキドキする漫画が描きたい

watanabe001――いつから漫画家を目指そうと思ったのですか?

 小学校の4年生頃からです。ある恋愛漫画を読んだ時に「え? なにこれ」って思ったんですよ。「この続きどうなるの!?」っていうドキドキ感があったんです。友だちの恋愛の話を聞いている時って楽しいじゃないですか。それと同じような感覚が漫画で味わえることを知ったんです。「フィクションなのになんでこんなに楽しい気持ちになるの?」って。
 それが衝撃的で、漫画家になりたいと思うようになりました。嘘なのにドキドキする漫画が描きたいと思ったんです。それで中学、高校の頃はずっと漫画を描いてました。

――美術系の大学や専門学校に進むという選択肢はなかったんですか?

 大学の受験がダメだったら専門学校に行こうと思ってましたよ。でも、自分がその気になればどこでも漫画を描く能力は磨けるものだと思っていたし、良い漫画を描くにはむしろいろんな種類の人間と出会った方が良いと思っていたので、親が望んでいた一般の大学に進学することにしました。
 根拠はなかったんですが、当時はどこに進もうが自分は漫画家になれるという自信がありました。

――大学も3年生になる頃から就職活動が始まります。まわりのほとんどの人たちが就職活動をしている中で気持ちが揺らいだりはしませんでしたか?

 漫画家になるという目標は揺らぎませんでしたね。でも、あまりにもまわりの就活ムードが盛り上がるもんだから、「とりあえず一旦は就職した方がいいのかな」と思いました。
 実は、就職活動も少しだけしたんですよ。ある住宅メーカーと、地元の公務員試験を受けました。でも、面接試験を受けてみて、すぐに「これは違うな」って思いましたね。自分の人生を考えた時に、目先のことだけを考えてとりあえず就職をしたとしても、結局は漫画を描きたくなるんだろうなと思ったんです。それで就活はすぐに辞めました。
 ただ、そうは言っても焦りはありました。正直に言うと、友だちが「今日面接を受けてきた」なんて言ってきても、素直に応援できませんでしたね。自分は漫画家になるための目の前の課題に専念していればいいわけで、彼らと比べる必要なんてまったくないのに、就活をしているみんなの方が前に進んでいるような気がして辛かったんですよ。

「世界で一番苦労してるんじゃないか」

――ということは、大学時代から卒業後はアルバイトをしながら漫画を描こうと思っていたんですか?

 大学3年生の頃から塾講師のアルバイトをしていたので、そこでバイトをしながら出版社の新人賞や月例賞に投稿することになるのかなと思ってましたね。でも、当時からすでに投稿はしていたので、卒業までに賞を獲ってデビューしてやろうと目論んでました。みんなが就活で結果を出す代わりに、自分は賞を獲ろうと。だけど、結局卒業までに賞は獲れなかったから、現実はアルバイトをしながら漫画を描くことになりました。

――両親をはじめ、周囲の人たちからは反対されませんでしたか?

 母親からは「就職した方がいいんじゃないの?」と言われましたが、僕が頑なに「漫画家になる」と言っていたので、反対まではされなかったですね。ただ、いまだに実家に帰ったりすると、母親が心配をして「塾で正社員にはなれないの?」なんて言ってきますよ(笑)。

――身分の安定や社会保障がないことに、不安は感じませんでしたか? 

 まわりにも大学を卒業してフリーターをしている友だちが何人かいたから、そこまで不安は感じませんでした。あと、僕のまわりだけかもしれませんが、企業に就職した人たちで楽しそうに仕事をしている人ってほとんどいないような気がするんですよ。会うたびに「しんどい」とか「大変だ」なんて言ってて。だから、どんなに安定しているからといって企業に就職したいとは思わなかったですね。そもそも、誰かに何かを与えられて仕事をするっていうことに魅力を感じませんでしたし。
 でも、身分や保障が不安定ということで、気持ちも不安定になるということはありますね。「漫画を描き続けるにしても、就職した方がいいのかな」なんて毎日のように考えますよ。今のところする気はありませんけどね。それから、企業に就職した人たちは、みんな僕のことを馬鹿だと思ってるんだろうなって考えてしまう時なんかもありました。卑屈になっていたんだと思います。「自分が世界で一番苦労してるんじゃないか」って、真剣に思ったりもしました(笑)。もちろん、そういうこともすべて、自分の決意が試されているんだと思える自分もいますけどね。

努力は必ず報われると信じている

――いつまでにどうしたいというような具体的な目標はありますか?

 本音を言えば、今すぐにでも新人賞を獲ってデビューしたいですね。
 ただ、一方でデビューするしないにかかわらず、20代は下積みの時代というふうにも考えているんです。バリバリと自分の仕事をするのが30代で、40代以降には後進を育成したいとも思っています。
 大学を卒業してから3年が経ち、先の長い自分の人生を展望できるようになりました。
 今年の4月からは、マンガ家として活躍している「まっと ふくしま」さんのアシスタントをさせてもらっているんですが、プロの漫画家の仕事を見るというのは本当に学ぶことが多いです。以前よりも、プロとして求められるレベルというのが具体的に見えてきたようにも思います。
 出来るだけ多くの作品を賞に投稿して、隙あらばデビューしたいとも思っています。
 まだまだ努力が必要ですが、これまで自分に出来る限りの努力はしてきたつもりです。そして、それは必ず報われるだろうと信じています。
(聞き手:フリーライター 大森貴久)

渡辺正文●1989年、宮城県生まれ。大学在学中から漫画を執筆。大学卒業後は塾講師のアルバイトをしながら、出版社の催す各賞に投稿している。2014年4月から、漫画家・まっと ふくしま氏のアシスタントとしても活動中。