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書評『陰謀論入門』――陰謀論に対峙すべき方途を示す

ライター
小林芳雄

陰謀論とはそもそも何か

「アポロ11号の月面着陸は偽物である」「ウォール街を支配しているのは爬虫類人間である」など、陰謀論は部外者からすればバカバカしい内容だ。しかしヒトラーが唱えた「ユダヤ人はドイツ経済を支配しようとしている」という陰謀論は、荒唐無稽であるにも関わらず600万人の犠牲者を生み出すという惨禍を招いた。なぜ人は陰謀論を信じるのか。そもそも陰謀論とはなんだろうか。
 本書は、アメリカにおける陰謀論研究の第一人者である著者が、最新の研究成果や豊富な事例を踏まえてその全体像を明らかにする画期的な入門書である。 続きを読む

書評『バカロレアの哲学』――フランスの哲学教育とそれを支える理念に学ぶ

ライター
小林芳雄

フランスの高校生が受ける哲学教育とは

 バカロレア試験とは、フランスの高校生が卒業時に受ける試験である。この試験に合格した学生には高校卒業資格と同時に大学入学資格も授与される。その起源は古く、ナポレオンが皇帝であった1808年にまで遡る。それ以来、幾多の制度改革が行われ、今日まで続いている。
 この試験のなかで大きな比重を占めるのが、哲学の試験だ。生徒たちは高校の3年次、必修科目として、週4時間の哲学の授業を受け、その1年間の学習の成果をバカロレア試験で問われることになる。しかも1科目に対する試験時間が日本とは比較にならないほど長く、なんと、哲学だけで4時間の筆記試験が行われるという。驚くのはその形式だけではなく、試験問題の内容だ。本書の冒頭では過去に出題された問題が紹介されている。 続きを読む

書評『魯迅を読もう』――気鋭の研究者による「新しい魯迅論」

ライター
小林芳雄

独自の視点から魯迅文学を読み解く

 著者はアメリカの大学院で文学理論を研究し、現在は日本の大学で教鞭をとる、80年代生まれの気鋭の研究者だ。母国中国ではフランスの哲学者ジャック・デリダの訳者としても知られている。本書は、著者独自の視点から魯迅の作品を徹底的に掘り下げ、その本質に迫ることを試みている。

 ゆえに、ここでわたしは敢えて大胆なアプローチを提案する。魯迅のテクストに向かい合うとき、さまざまな研究や手練手管をまずは置いておいて、彼の文面を実直に、丁寧に読んでいこう、と。(本書10ページ)

 本書は大学での講義をもとにして書かれており、入門書としての性質も持っている。しかし一般的な入門書のように伝記的事項を中心に論じることはない。よくある‶魯迅本〟のように切れ味鋭い彼の言葉にのみ目を向けることもしない。それでは表面的で断片的な理解に止まる可能性があると考える。これまでの研究は当然ふまえたうえで魯迅の作品を忠実に丁寧に読もうというのが、本書における著者の立場である。 続きを読む

書評『よみがえる戦略的思考』――希代のインテリジェンス・オフィサーからの警告

ライター
小林芳雄

「価値の体系」「利益の体系」「力の体系」

 昨年(2022年)、コロナウイルスによるパンデミックが収束していない状況下で、ロシアによるウクライナへの侵攻は世界の人々を震撼させた。その影響は広範囲に及び、エネルギーや食糧の供給が危ぶまれるなど複合的な危機を生み出している。勃発から一年がたち終戦の気配すらなく、長期戦の様相すら呈している。こうした危機の原因はどこあるのか、どうすればこの状況から抜け出すことができるのだろうか。本書は元外務省主任分析官でロシア情勢に通暁したインテリジェンス・オフィサー、作家の佐藤優氏による優れたウクライナ危機の分析書である。 続きを読む

書評『スマホ・デトックスの時代』――健全なデジタル文明への方途を探る

ライター
小林芳雄

スマートフォンに閉じ込められた「金魚」

 スマホを巡る問題を扱った書籍は数多く出版されている。医学的視点から書かれたものが多い中、本書『スマホ・デトックスの時代』はそうした見地を踏まえた上で、IT企業の収益システムや社会的な問題をも視野に入れて議論を展開している。
 冒頭で紹介されるIT企業幹部が行うプレゼンテーションの内容は衝撃的だ。金魚は金魚鉢のなかを飽きることなく泳ぎ回る。記憶力と集中力がごくわずかしか持続しないため、つねに新しい場所を泳いでいると勘違いしているからだ。某IT企業はデジタル技術を駆使した研究によって、金魚の集中力が持続する時間をつきとめた。その時間はわずかに8秒未満。8秒を過ぎるとすぐに精神がリセットされるのだという。
 さらに、同社は生まれた時からスマホなどのデジタル機器に取り囲まれて育ったミレニアム世代の注意持続時間の算定にも成功した。その時間は金魚よりわずかに1秒長い9秒だ。9秒を過ぎると彼らの脳の働きが低下するので、新たに刺激的な通知や広告を提供する必要がある。そのために同社は、これまで収集した個人データを活用して、彼らの関心を呼び起こそうとしているのだという。 続きを読む