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書評『丸山眞男と加藤周一』――戦後を代表する知識人の自己形成の軌跡をたどる

ライター
小林芳雄

芸術への愛好と徹底した読書

 政治学者・丸山眞男(1914-1996)と文学者・加藤周一(1919-2008)は戦後日本を代表する知性であり、ともに著作も多く、実際に日本社会に多大な影響を与えた人物だ。
 本書は、2021年に東京女子大学の丸山眞男記念比較思想研究センターと立命館大学加藤周一現代思想研究センターが行った共同展示の内容を本にまとめたものである。数多くの著作だけでなく、膨大な未公刊の草稿や日記なども丹念に調査し、出生から1945年の太平洋戦争敗戦の年までの2人の成長の軌跡をたどっている。

 丸山と加藤は基本的には自由主義の立場に近く、社会主義に対しても多大なシンパシーをもっていたが、既成のイデオロギーの持ち主として捉えるのはミスリーディングであろう。二人は、出来合いの規準を内面化してそこから自己の判断や行動を割り出していくのではなく、自分なりの独立した判断規準を鍛え上げていくことを課題としていたのである。(本書20ページ~21ページ)

 旧制一高から東京帝国大学へ進学を果たし、エリートとしての経歴を歩んだ2人であったが、模範的な優等生ではなかったという。 続きを読む

書評『歴史を知る読書』――豊かな歴史観を身につけるために

ライター
小林芳雄

〈歴史を知る〉とは?

 著者・山内昌之氏は、国際関係史と中東・イスラーム地域研究の日本における第一人者として知られ、「国家安全保障局顧問会議」の議長を務めるなど、日本を代表する有識者である。
 本書は、歴史学の泰斗である著者があまた出版されている数多くの書籍から、一般の読者でも楽しく読み進められ歴史を知ることができる75冊の本を選び、含蓄に富んだ文章でコンパクトに解説したものだ。
 歴史に詳しい人というと、歴史マニアやクイズ番組で活躍する回答者のように歴史的事件や年号に詳しい人のことだと思われがちだ。しかしそれは歴史知ることの一面に過ぎない。
 歴史は年号や固有名詞を正確におぼえることは基本であるが、そのうえで、歴史学とは積み重ねられた事実から歴史をつらぬく真実を読み取るものである。
 さらには、すぐれた歴史学者はよく知られている歴史的事実に新しい観点から光をあて、一般的な価値観や常識を覆すような研究を行う。そうした研究に基づいた歴史書を読むことは、私たちの歴史に対する考え方や見方を格段に深め豊かにするものであるという。 続きを読む

書評『夜のイチジクの木の上で』――‶中途半端さ〟で生き残る動物の生態

ライター
小林芳雄

シベットとはいかなる生き物か

「新・動物記」シリーズは、動物の魅力にひかれた若手の研究者が、多くの努力を重ねながら、動物の生態や社会を明らかにするドキュメンタリーシリーズだ。本書はその第4巻にあたる。多くの写真やイラストが収録されており、さらにはQRコードをスマホで読み取ると、現地で収録した動物や鳥の映像や鳴き声などを見たり聞いたりができる。最新の学術成果を一般の読者で学べるさまざまな工夫が凝らされている。
 本書『夜のイチジクの木の上で』の著者は若手の女性の研究者である。「知的好奇心」と「たのしさ」を重視しているだけあって、研究の過程で出会った動物の生態やエピソードなどを小気味のよい、分かりやすい文体で、楽しく紹介している。動物や生態系に興味があれば、高校生や中学生でもじゅうぶんに読み通すことができる内容だろう。
 本書の主役となる動物はシベットである。この耳慣れない名前の動物の姿が思い浮かぶ人はほとんどいないだろう。古くはジャコウネコと呼ばれていたが、同じ食肉目でもネコとは全く違う動物である。読者の誤解を招かないために本書では一貫してシベットと表記されている。 続きを読む

書評『自己啓発の罠』――健全な技術と社会のあり方を考える

ライター
小林芳雄

孤立した「病的なナルシスト」を育てる

 近年、自己啓発が大ブームだ。どんなに小さな町の書店でも、その棚には自己啓発に関する書籍が必ず並んでいる。さらにインターネットが発達した現代ではソーシャルメディアを利用した広告も多く、目につくようになった。また転職サイトなどでは利用者がキャリア形成をするために自己啓発をすすめていることもあるようだ。さらには心身の健康に関する分野も人気が高い。
 著者はウィーン大学で教授を務める哲学者・倫理学者。本書『自己啓発の罠』では現代の自己啓発文化を多角的に議論し、その危険な側面を明らかにする。アメリカでは50億ドルともいわれる市場があり、多くの企業が社員の教育やメンタルケアのために取り入れている。その危険性はどこにあるのだろうか。

あまりにも自分を中心に考え、社会から孤立することは、心理学的に危険である。社会学の創説者の一人エミール・デュルケームは、そこから死に至る可能性(特に自殺)を指摘する。彼はこれを自己本位的(利己的)自殺と呼ぶ。(中略)むしろ彼は、社会的統合の欠如こそが問題であると主張した。自己啓発への私たちの強迫観念も、個人の問題というよりは主として社会の問題であって、社会レベルでの解決を要するのだ。(本書35ページ)

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書評『百歳の哲学者が語る人生のこと』――激動の時代を生き抜いた哲学者のメッセージ

ライター
小林芳雄

人間は小宇宙(ミクロコスモス)である

 著者のエドガール・モランは現代フランスを代表する哲学者・社会学者である。これまで数多くの著作を発表し、『人間の死』や『方法』などの代表作を始めとして、いくつもの作品が日本でも翻訳されている。彼の哲学の特徴は、「イデオロギー、政治、科学」がなす三角関係を「複雑系」と考え、その地点から「人間とは何か」を問い続けた点にある。
 本書は著者が100歳のとき出版された自伝的エッセイである。第二次世界大戦からコロナウイルスのパンデミックに揺れる現代まで――著者は激動の時代を生き抜いてきた。1世紀におよぶ生涯を回想しながら、自身の思想を明快に平易な言葉で語っている。 続きを読む