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書評『夜のイチジクの木の上で』――‶中途半端さ〟で生き残る動物の生態

ライター
小林芳雄

シベットとはいかなる生き物か

「新・動物記」シリーズは、動物の魅力にひかれた若手の研究者が、多くの努力を重ねながら、動物の生態や社会を明らかにするドキュメンタリーシリーズだ。本書はその第4巻にあたる。多くの写真やイラストが収録されており、さらにはQRコードをスマホで読み取ると、現地で収録した動物や鳥の映像や鳴き声などを見たり聞いたりができる。最新の学術成果を一般の読者で学べるさまざまな工夫が凝らされている。
 本書『夜のイチジクの木の上で』の著者は若手の女性の研究者である。「知的好奇心」と「たのしさ」を重視しているだけあって、研究の過程で出会った動物の生態やエピソードなどを小気味のよい、分かりやすい文体で、楽しく紹介している。動物や生態系に興味があれば、高校生や中学生でもじゅうぶんに読み通すことができる内容だろう。
 本書の主役となる動物はシベットである。この耳慣れない名前の動物の姿が思い浮かぶ人はほとんどいないだろう。古くはジャコウネコと呼ばれていたが、同じ食肉目でもネコとは全く違う動物である。読者の誤解を招かないために本書では一貫してシベットと表記されている。 続きを読む

書評『自己啓発の罠』――健全な技術と社会のあり方を考える

ライター
小林芳雄

孤立した「病的なナルシスト」を育てる

 近年、自己啓発が大ブームだ。どんなに小さな町の書店でも、その棚には自己啓発に関する書籍が必ず並んでいる。さらにインターネットが発達した現代ではソーシャルメディアを利用した広告も多く、目につくようになった。また転職サイトなどでは利用者がキャリア形成をするために自己啓発をすすめていることもあるようだ。さらには心身の健康に関する分野も人気が高い。
 著者はウィーン大学で教授を務める哲学者・倫理学者。本書『自己啓発の罠』では現代の自己啓発文化を多角的に議論し、その危険な側面を明らかにする。アメリカでは50億ドルともいわれる市場があり、多くの企業が社員の教育やメンタルケアのために取り入れている。その危険性はどこにあるのだろうか。

あまりにも自分を中心に考え、社会から孤立することは、心理学的に危険である。社会学の創説者の一人エミール・デュルケームは、そこから死に至る可能性(特に自殺)を指摘する。彼はこれを自己本位的(利己的)自殺と呼ぶ。(中略)むしろ彼は、社会的統合の欠如こそが問題であると主張した。自己啓発への私たちの強迫観念も、個人の問題というよりは主として社会の問題であって、社会レベルでの解決を要するのだ。(本書35ページ)

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書評『百歳の哲学者が語る人生のこと』――激動の時代を生き抜いた哲学者のメッセージ

ライター
小林芳雄

人間は小宇宙(ミクロコスモス)である

 著者のエドガール・モランは現代フランスを代表する哲学者・社会学者である。これまで数多くの著作を発表し、『人間の死』や『方法』などの代表作を始めとして、いくつもの作品が日本でも翻訳されている。彼の哲学の特徴は、「イデオロギー、政治、科学」がなす三角関係を「複雑系」と考え、その地点から「人間とは何か」を問い続けた点にある。
 本書は著者が100歳のとき出版された自伝的エッセイである。第二次世界大戦からコロナウイルスのパンデミックに揺れる現代まで――著者は激動の時代を生き抜いてきた。1世紀におよぶ生涯を回想しながら、自身の思想を明快に平易な言葉で語っている。 続きを読む

書評『陰謀論入門』――陰謀論に対峙すべき方途を示す

ライター
小林芳雄

陰謀論とはそもそも何か

「アポロ11号の月面着陸は偽物である」「ウォール街を支配しているのは爬虫類人間である」など、陰謀論は部外者からすればバカバカしい内容だ。しかしヒトラーが唱えた「ユダヤ人はドイツ経済を支配しようとしている」という陰謀論は、荒唐無稽であるにも関わらず600万人の犠牲者を生み出すという惨禍を招いた。なぜ人は陰謀論を信じるのか。そもそも陰謀論とはなんだろうか。
 本書は、アメリカにおける陰謀論研究の第一人者である著者が、最新の研究成果や豊富な事例を踏まえてその全体像を明らかにする画期的な入門書である。 続きを読む

書評『バカロレアの哲学』――フランスの哲学教育とそれを支える理念に学ぶ

ライター
小林芳雄

フランスの高校生が受ける哲学教育とは

 バカロレア試験とは、フランスの高校生が卒業時に受ける試験である。この試験に合格した学生には高校卒業資格と同時に大学入学資格も授与される。その起源は古く、ナポレオンが皇帝であった1808年にまで遡る。それ以来、幾多の制度改革が行われ、今日まで続いている。
 この試験のなかで大きな比重を占めるのが、哲学の試験だ。生徒たちは高校の3年次、必修科目として、週4時間の哲学の授業を受け、その1年間の学習の成果をバカロレア試験で問われることになる。しかも1科目に対する試験時間が日本とは比較にならないほど長く、なんと、哲学だけで4時間の筆記試験が行われるという。驚くのはその形式だけではなく、試験問題の内容だ。本書の冒頭では過去に出題された問題が紹介されている。 続きを読む