模倣(ミメーシス)的欲望論
ルネ・ジラールは学際的な視点から独自の人間学を唱えたことで知られる。その研究は文芸批評からはじまり、人類学、神話学、最後には宗教哲学にまでおよぶ。まさに現代が生んだ知の巨人の一人である。翻訳書は多数あるが、従来の学問の枠組みに収まらない研究であるためか、一般的にはあまり知られていない。本書は彼の学説と生涯を簡潔にまとめた一書である。
欲望とは、世界や自己への関係である以前に、他者への関係である。欲望される客体とは、たとえそれが「〔意識から独立して存在している等の〕客体的な」質を備えているとしても、まずは「模範」と目される〈他者〉によって所有ないし欲望されている客体なのである。(本書58ページ)
はじめに、ジラールの思想でまず注目しなければならないのは「模倣的欲望論」である。初期の著作『欲望の現象学』で示されたこの理論を、彼は生涯にわたって深めていく。
欲求と欲望はことなる。欲求は生理的なもので限界があるが欲望には限度がない。欲求が欲望に変わる際に決定的な役割を果たすのは他者である。モデルとなる人物を模倣することによって、はじめて欲望を抱くようになる。ジラールは近代の文学的遺産に向き合うことにより、模倣が欲望を生み出すということを発見する。 続きを読む