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連載エッセー「本の楽園」 第127回 弱さの思想

作家
村上政彦

『弱さの思想』は、高橋源一郎と辻信一の対談で進められる「思索ノート」ともいうべき本だ。僕は、30年以上に亘って小説を書いているが、デビュー前を含めて、「あ、やられた」と思った作家が何人かいる。
 そのひとりが高橋源一郎だ。彼のデビュー作、『さよなら、ギャングたち』を読んで、作中に挿入された少女漫画のページを眺め、「あ、やられた」と思った。こんな小説を書きたいと、僕自身も考えていたのだ。それ以来、高橋の仕事には注目している。
 辻信一は、恥ずかしながら最近になって知った。文化人類学者である。彼の考えを吟味して、これからの世界を創っていくのに必要な人物だと思った(辻さん、偉そうな言い方で失礼します)。そのふたりによる対談(正式には大学の共同研究)なので、読まないわけにはいかない。
 対談なので、難しくない。すぐれた文学者と研究者が立ち話しているのを傍で聴いているような易しさがある。気楽でもある。それに、なんといってもおもしろい。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第126回 つげ義春の文章

作家
村上政彦

 僕の作家生活が始まったのは、郷里の実家の近くにある鈴木書房だった。まずはそこに通い詰めて漫画少年になった。僕が物心ついたころは、創刊したばかりの週刊漫画雑誌が熱かった。いつも読んでいるものに、『少年マガジン』、『少年サンデー』、『少年ジャンプ』、『少年チャンピオン』、『少年キング』があった。
 いま残っているのは、『少年マガジン』、『少年サンデー』、『少年ジャンプ』、『少年チャンピオン』。『少年キング』はちょっと刺激が少なかったが、そのうち休刊になった。月間漫画雑誌で読んでいたのは、『ぼくら』と『冒険王』。これも休刊になった。
 僕がこのような漫画雑誌を読んでいたころ、平棚で異質な漫画雑誌を見つけた。僕がいつも読んでいるマガジンやサンデーとは、表紙からして違う。全体に暗い。雑誌の名は、『ガロ』とあった。好奇心の旺盛な僕は、手に取って読んでみた。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第125回 すべてをDiY

作家
村上政彦

 DiY=Do it Yourselfというと、すぐに思い浮かぶのは大工仕事ではないか。日曜のパパが普段は持ちなれない工具を手にして、危なっかしい手付きで棚を懸けたり、椅子を作ったり。しかし、ここでいうDiYは少し違う。

七〇年代のパンクロックにはじまり、八〇年代のレイヴ文化で育まれ、九〇年代のインターネット文化や環境運動、新しい文化=政治運動とともに世界中に広がっている思想です

 世界は悪くなっている。人間の管理が強化されている。僕らは生きているというよりも、生かされている。そこで、

なんとかして、じぶんの生活を自分の手に取り返したい!

 ざっくりいうと、DiYはそういうことらしい。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第124回 あなたのイドコロ

作家
村上政彦

 居場所がない。家庭、職場、学校など、どこにいても落ち着かない。心の安らぐところがない――そういう人が増えている気がする。新型コロナウイルスのせいばかりではない。居場所がない感じは、それまでからもあった。
『イドコロをつくる』の著者は、「自分が居心地よく精神を回復させる場」をイドコロと呼んでいる。イドコロは僕が考える居場所に近い。そこにいれば、鎧をすべて脱ぎ捨てて無防備でいることができる。身体の疲れを癒せて、心の凝りもほぐれる。充電できる。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第123回 原発ガーデン

作家
村上政彦

 1990年代には、クリエイティブな仕事をしている少なくない人たちが、エイズで亡くなった。政府広報によると、エイズ(後天性免疫不全症候群)とは、

「HIV(筆者注・ヒト免疫不全ウイルス)」というウイルスに感染して免疫力が低下し、決められた様々な疾患を発症した状態

をいう。
 かつては不治の、死の病だったが、いまは早期にウイルスを発見することができれば、さまざまな治療薬によって発症を抑えることができるし、普通の暮らしを営むこともできるようになった。
 いま世界を覆っている新型コロナウイルスも、そうなる日が来るだろう。人類はそうして、ウイルスや病とつきあってきた。 続きを読む