同性愛者のありふれた日常を、軽妙に明るく描く
藤野千夜(ふじの・ちや)著/第122回芥川賞受賞作(1999年下半期)
軽い文体で描こうとしたもの
W受賞となった第122回芥川賞のもう一つの受賞作が藤野千夜の「夏の約束」だ。『群像』(平成11年12月号)に掲載された約128枚の作品である。
受賞翌年の平成12年に講談社から発刊された単行本の表紙を見ると、まるで小学生向け雑誌の表紙のような楽しげで明るくて軽いイメージだったので、一体どんな小説なのかと思いながら読み進めると、なるほど物語自体は実にたわいのない軽い内容なのだ。
主人公である同性愛者の男性マルオとその恋人ヒカルを中心に、同じように社会の標準からは少しずれた若者たちのごくごくありふれた日常を淡々と描いている。何か大きな事件が起こるわけでもなく、深刻な問題を抱えているわけでもない。タイトルにもなった〝夏の約束〟にしても、友だちみんなで「八月になったらキャンプに行こう」と決めていた約束が、登場人物のちょっとした事故で行けなくなったという、たったそれだけのところから持ってきている。 続きを読む