芥川賞を読む」タグアーカイブ

芥川賞を読む 第4回 『妊娠カレンダー』小川洋子

文筆家
水上修一

女性の身体感覚を、的確な文体で描き切る

小川洋子著/第104回芥川賞受賞作(1990年下半期)

現代社会の〝生の希薄さ〟

 第104回芥川賞の受賞作『妊娠カレンダー』は、タイトルから想像されるように、妊娠を題材とした観察日記形式の小説だ。だが、そこで描かれている妊娠には、祝祭的要素は何もない。新しい生命が誕生する感動も喜びもない。代わりに、妊娠という原始的で奇妙な生理現象に対する不安と恐れ、そして嫌悪のようなものさえ感じる。 続きを読む

芥川賞を読む 第3回 『村の名前』辻原登

文筆家
水上修一

現実空間と異空間が混じり合う不思議な感覚

辻原登著/第103回芥川賞受賞作(1990年上半期)

桃源郷を彷彿とさせる〝村の名前〟

 第103回の芥川賞は、辻原登の『村の名前』が受賞した。168枚。辻原は、22歳の時に本名(村上博)で文藝賞の佳作を受賞したが、その後はいったん会社勤めに。40歳のときに再度小説を書き始め、44歳で芥川賞受賞となった。
 47歳で会社を退職し、以降は執筆に専念し、読売文学賞、谷崎潤一郎賞、川端康成文学賞、大佛次郎賞、毎日芸術賞、司馬遼太郎賞など、実に多くの文学賞を受賞している。
『村の名前』の舞台となっているのは、中国の「桃源県桃花源村」という村。まさに、陶淵明(とうえんめい 365-427年 中国の文学者)の小説から生まれた桃源郷を彷彿とさせる〝村の名前〟だ。 続きを読む

芥川賞を読む 第2回 『表層生活』大岡玲

文筆家
水上修一

人間とコンピュータの関係。その危うさに切り込んだ挑戦的作品

大岡玲(あきら)著/第102回芥川賞受賞作(1989年下半期)

傍観者が語る異常さ

 第102回の芥川賞は、W受賞となった。前回取り上げた『ネコババのいる町で』と共に、大岡玲の『表層生活』が受賞。枚数は171枚。東京外大在籍当時から小説を書き始め、2作目の『黄昏のストーム・シーディング』が三島由紀夫賞を獲り、その翌年に芥川賞を受賞。31歳の時だった。
 テーマは、コンピュータを筆頭とするテクノロジーが、人間の思考や価値観にどのような影響を与え変容するか、ということだ。当時は、まさにコンピュータが私たち一般人の生活の中にも深く入り込みつつあった時代だったので、こうしたテーマはあらゆる場面で話題になることが多かったはずだ。そういう意味では、時代を切り取る文学作品としては実にタイムリーだったに違いない。 続きを読む

芥川賞を読む 第1回 『ネコババのいる町で』瀧澤美恵子

文筆家
水上修一

重い出来事をサラリと書く軽やかな文体から、温もりと余韻が生まれた

瀧澤美恵子著/第102回芥川賞受賞作(1989年下半期)

読者と共に、芥川賞作品を読んでいこう

 芥川賞は、無名もしくは新進作家の純文学作品に与えられる文学賞だ。現在は、五大文芸誌(文学界・群像・文藝・すばる・新潮)に掲載された作品から選ばれることが多い。
 これまで、石川達三、井上靖、松本清張、吉行淳之介、遠藤周作、石原慎太郎、大江健三郎、村上龍、宮本輝など、日本文学界を代表する作家を生み出してきた。けれども、太宰治や村上春樹など、受賞を逃した著名な作家も多い。 続きを読む