若いころは大人の世界に憧れるもので、僕はホテルのバーのカウンターに坐って寡黙で品のいいバーテンを相手にオンザロックをやったり、白木のカウンターのある小料理屋で熱燗を傾けたりすることを夢見た。
なんのことはない、僕はアルコールがだめだから、結局、大人になっても馴染みの酒場を持つことはできないでいるのだが、むかしはそういう大人が格好いいと単純におもっていた。
もっとも「馴染みの酒場」のように、繰り返しドアを開いて訪れる詩人ができた。その1人が黒田三郎だ。 続きを読む

若いころは大人の世界に憧れるもので、僕はホテルのバーのカウンターに坐って寡黙で品のいいバーテンを相手にオンザロックをやったり、白木のカウンターのある小料理屋で熱燗を傾けたりすることを夢見た。
なんのことはない、僕はアルコールがだめだから、結局、大人になっても馴染みの酒場を持つことはできないでいるのだが、むかしはそういう大人が格好いいと単純におもっていた。
もっとも「馴染みの酒場」のように、繰り返しドアを開いて訪れる詩人ができた。その1人が黒田三郎だ。 続きを読む
僕は9歳のときに父を喪った。その後は母と祖母に育てられた。
母は、酒場で「ママさん」と呼ばれる勤めをしていた。だいたい昼頃まで寝ていて、夕刻に近くの銭湯へ行き、きれいに化粧をして着物を着る。三面鏡の前で、ぽんと帯を叩いて出かけて行く。帰るのは深夜である。
家族というのは不思議なもので、母と祖母は特に話し合ったわけでもないだろうが、いつか母が「父」になり、祖母が「母」になった。 続きを読む