文明の行き詰まりをどう乗り越えるか

評論家・東日本国際大学客員教授
森田 実

母たちの絶望する戦争を2度と起こすな

 私がこれまで常に心のなかで大切にしてきたことは、どんなことをしても、たとえ名誉やプライドをかなぐり捨てることがあったとしても、平和だけは守りたいとの信念です。およそこの世の中で、人間の所業によって人間が苦しむほどの不幸はないと思います。そのなかでも最大の不幸が、人間が人間を殺す戦争であり、とりわけ核兵器の使用こそ人類史上最大の罪悪だと考えています。
 第2次世界大戦末期、私は神奈川県で働いていました。本土決戦に備える足柄山の陣地構築で学徒動員に駆り出され、土木作業に従事したり、農家の手伝いをしていたのです。中学生でしたが、戦争が起きればどれほど悲惨な目に遭うのかを実感しました。
 太平洋に展開している米軍の空母からは、毎日のように艦載機が襲来し、伊豆半島を抜けて東京を空爆していきます。また艦載機が空母へと帰還する際には、余った爆弾を手当たり次第にあたりへ投下し、動いているものは何であれ機銃掃射を浴びせて命を奪っていきました。終戦の年の3月10日には東京大空襲も起こり、10万人もの方々が尊い命を失いました。また8月には、広島・長崎へ原爆が投下され、町全体が焼き払われるという痛ましい事件も起こりました。あのまま戦争が続いていたら、日本人は全滅したのではないかと思います。
 戦争の悲惨さは、終わった後も長く人々を苦しませる点にあります。終戦によって皆が外地から引き揚げてくるようになると、息子の死を知った母たちのつらく悲しい様子が、町のいたるところで見られるようになりました。わが家においても、一家の生計を支えていた気丈な母が、長男の戦死を知って倒れるという事件が起こりました。そんなつらく苦しい光景が、わが家の隣にも、またその隣にも、当たり前のように見られたのです。
 創価学会の池田大作名誉会長は、小説『人間革命』の冒頭で、

「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」

とつづられています。この言葉ほど、戦争を的確に表現した言葉を私は知りません。また毎年1月に発表されるSGIの日記念提言では、核兵器廃絶への具体的取り組みを必ず提案されます。
 池田名誉会長が語られる言葉の数々は、あの戦争の苛酷さを体験した者の1人として、強く大きく胸に響きます。もう母たちの絶望する戦争は2度と経験したくない。だからこそ、日本人の心に平和の価値観を確立していく役割を、私は死ぬまで果たし続けていきたいと考えているのです。

日本は東洋の叡智に学び平和な国家を目指せ

 1945年を境に日本は戦争のない平和な国になりました。しかし世界には、テロや内戦をはじめとした争いが今なお存在し、多くの難民を生み出しています。
 私は「戦争を合理化する理屈」のなかには、異質なものとの共存を拒否する偏狭な党派性が隠されているのではないかと感じています。特に西欧の宗教思想のなかには、異質なものに対して非寛容であってもよいとの考えが根強く存在し続けているように思うのです。たとえばキリスト教は、200年にも及んだ十字軍遠征という戦争の歴史を持っています。
 もちろんキリスト教も、長年の歴史のなかで平和を模索する方向へと軌道修正を図ってきました。しかし、西洋哲学に基づく近代科学技術文明の行き詰まりを乗り越え、人類が平和に共存していくうえで、より大きな役割を果たせるのは東洋思想のほうではないかと感じるのです。
 東洋には、仏教・儒教・道教・ヒンズー教があり、また日本にも、自然との調和を尊ぶいわば「日本教」とも呼ぶべき独特の価値観があります。これらの思想や価値観は、どちらかと言えば「他人を傷つけずに穏やかに生きよう」との思想的枠組みのうえに成り立っているように思います。なかでも異質なものに対して寛容な仏教には、大きな可能性が存在するように思うのです。そして仏教のなかでも、万人の平等を説く法華経には、人類が獲得してきた平和の智慧がおさめられているように感じられるのです。
 私は、その法華経の平和の精神を受け継いだのが日蓮大聖人であると思っています。またその平和思想を現代に展開しているのが、創価学会の歴代会長であると考えます。
 特に池田名誉会長は、「人間主義」を起点としてありとあらゆる世界の知性と対話され、人類が目指すべき道を将来にわたって指し示しています。また世界の知性との対話を通じて、未来を担う青年の教育にも取り組まれている。人類が抱えるさまざまな課題すべてを、対話によって乗り越えようと努力する姿勢自体、偉大な思想の証明だと私は考えています。人間尊重主義の創価思想こそ、現代文明の行き詰まりを乗り越える大きな可能性を秘めていると思います。私は創価思想に強いシンパシーを感じています。

家族が成り立つ社会とは

 新憲法のもと、日本が「戦争をしない国」として再出発をして今年で67周年を迎えました(2014年現在)。現代では社会のさまざまな行き詰まりから、この国のかたちを議論する声が高まっていますが、それでも私はやはり、今ある社会のあり方、すなわち平和主義を可能な限り大切にすべきではないかと考えています。
 人間は反省できる動物です。反省には謙虚さや他者を思いやる気持ちが表れます。そして第2次世界大戦後の日本は、私たち国民が、反省した時期につくり上げた社会です。戦争という人間の愚かさを反省しながらつくられた社会の仕組みは、戦争に勝って調子に乗っているときにつくられた社会より、はるかにまともな社会ではないかと思うのです。もちろん少子高齢化や地方の衰退など、克服すべき課題は山積していますが、平和や人権や民主主義という価値を大切にしながら、可能な限り穏やかに社会改革へ取り組んでいくべきだと思います。
 私は、これからの日本で最も大きな課題となるのが「家族」の問題だと考えています。戦後の日本は、すべてを失った内地の国民だけでなく、海外の植民地すべてを失い、外地から引き揚げてきた数百万人の生活を守る必要に迫られていました。彼らに仕事を与え、賃金が得られるよう、雇用政策も相当無理なことをしました。また雇用政策を支えるため、早すぎるほどの経済復興と高度経済成長を目指し、大都市に若者を集める一極集中型の経済システムをつくり上げてきました。ところが若年労働力を大都市に集めすぎてしまったために、何百年もの間日本社会を支えてきた地域社会の絆と、大家族的つながりが失われてしまった。また地域社会のなかから、人間同士の連帯やふるさとの助けあいといった仕組みも急速に衰退してしまったのです。
 人間は、家族という単位なしには生きられません。雇用の流動化によって若者の暮らしが不安定となり、新たな家族をつくりづらい現代だからこそ、家族が成り立ち、家族が発展し安定していく社会を政治は目指すべきだと思います。
 公明党の皆さんは、大都市のなかに人間の絆を取り戻すための取り組みを、長年にわたって展開されてきましたが、これからも若者の暮らしや家族を支えるような取り組みをさらに進めてほしいと願っています。

何があってもくじけない力を

 東日本大震災以降、日本人の価値観が大きく変わりつつあるように感じています。歴史をひもとけば、人類は自然から大きな恵みを受けるのと同時に、絶えず襲ってくる自然災害の試練に耐え、打ち勝ち、乗り越えてきたことがわかります。大変な時代だからこそ、私たちは人生をよりよく生きる力を持ちたい。その力とは、ただ単に高い堤防を造り上げる技術というよりはむしろ、人間の持つ智慧の力ではないかと思うのです。智慧の力とは、何があってもくじけない力、希望を持ち続ける力と言い換えられるのかもしれません。最近、レジリエンス(復元力、立ち直る力)という言葉が注目されているのも、このことを示唆していると思います。
 人間の生き方を説いた古代中国の思想家・老子は、「われに三宝あり」と語りました。

一に曰く慈(思いやり)、 二に曰く倹(倹約)、 三に曰くあえて天下の先(第一位)とならず

と語ったのです。私は、この老子の考え方には、創価学会の皆さんの振る舞いに通じるものがあるのではないかと感じています。つまり他者を思いやり、つつましく暮らし、まわりの人間を蹴落とそうとしない。創価学会の皆さんは本当に心豊かな、偉大な庶民の集団だと感じています。
 これからの日本が、世界で生き残る道もここにあるのではないかと感じています。すなわち、きらびやかな生活を求めず、倹約したお金で困った人を救い、他を押しのけて自分だけの利益を追求するような利己的で傲慢な生き方をしない。他国が紛争や内乱に巻き込まれていたら仲裁に入って平和的貢献を果たす。そのような利他の価値観を持った日本人が増えてこそ、日本は世界のなかで尊敬を勝ち得て、戦争のない平和な国として繁栄し続けることができると思うのです。

<月刊誌『第三文明』2014年7月号より転載>


もりた・みのる●1932年、静岡県伊東市生まれ。東京大学工学部卒。評論家。学徒動員の最後の世代として戦争を経験、若き日は原水爆禁止世界大会に参加し、広島・長崎の被爆地慰問へ赴くなど平和運動に取り組む。大学卒業後は、日本評論社出版部長、『経済セミナー』編集長などを経て、1973年に評論家として独立。以降、テレビ・ラジオ・著述・講演活動など多方面に活躍し始める。緻密な政治分析には定評があり、冷戦終結後の日本政治の変容を的確に読み解くなど実績を重ねた。また政策通としても知られ、さまざまな審議会やシンポジウムに招かれることも多い。主な著書に『進歩的文化人の研究』(サンケイ出版)、『公共事業必要論』(日本評論社)、『森田実の言わねばならぬ 名言123選』(第三文明社)などがある。 評論家・森田実 論説サイト