子どもたちの輝く未来のために「人生前半の社会保障」をいまこそ充実させてほしい

千葉大学教授 広井良典

インタビュアー タレント 林家まる子


人口減少社会の日本。いまこそ教育・福祉など社会保障全般のあり方を見直すときです。「持続可能な福祉社会」を提唱する広井良典さんに、現在、子育て奮闘中の林家まる子さんがインタビューしました。

教育格差を解消する公的支援のあり方とは

まる子 最近知ったのですが、フィンランドでは、大学までの教育費が全額公的支援されるのですね。びっくりしました。うらやましい!

広井 ヨーロッパには教育や福祉に力を入れている国が多いですね。また一般市民の〝子育てに対するまなざし〟が温かい。私はヘルシンキ(フィンランドの首都)に約10年前に住んでいましたが、電車内にベビーカーが入ってきたら、周りの人は積極的に、赤ん坊に微笑んだり、声を掛けたりしていましたね。

まる子 とても素敵ですね。その点、日本は少し寂しい感じがします。車内で赤ちゃん連れのお母さんを見かけても、周りの人が声をかけている様子はあまり目にしません。皆さん、遠慮されているんでしょうかね。

広井 いまの日本を象徴する一場面だと思います。実は「社会的孤立度」についての調査があるのですが、日本、特に東京などの大都市の社会的孤立度は、先進国の中で一番高いんです。家族や友だちなどに対しては気を使うのに、知らない人に対してはとても閉鎖的。見知らぬ者同士が声を掛け合うことが少ない。そういう点が、個人の社会に対する信頼感にも影響を与えているのではないかと思っています。
ここでちょっと難しい話をしてもいいですか。大学の講義のようになるかもしれませんが(笑)。

まる子 (笑)ぜひ伺いたいです。

hiroi01広井 子育てに周囲の人たちの支えが必要なのは当然ですが、今後はいっそう、社会制度の側面から支えていくことが大切になります。日本の社会保障費は、年間で100兆円ほどあるのですが、そのうち約70%が高齢者関係への給付になっています。一方で、家族(子ども)関係への給付は、社会保障費全体のたった3~4%にすぎないのです。

まる子 たったの3~4%! もっとあると思っていました。

広井 これからの日本は、子育て世代や若者への保障、つまり「人生前半の社会保障」に、もっと力を注いでいくべきです。

まる子 ぜひ、そうしてもらいたいですね!

広井 ちなみに、日本の教育費の公的支援額は先進国31ヵ国の中で最下位(2009年調査)。公的支援額が少ない分、個人が教育費を負担せざるを得ず、結果的に「所得格差による教育格差」が生まれています。

まる子 子どもに満足のいく教育を受けさせようとすると、本当にお金がかかりますよね。そこで女性が仕事をしようと思い、子どもを保育園に預けたいと思っても、待機児童がいっぱいで入ることができない……。

広井 資本主義社会では、ある程度の貧富の差はどうしても生まれてしまいますが、少なくとも「人生のスタートライン(生まれた時点)」においては、なるべく平等であってほしいと思います。格差は放っておくとどんどん広がります。貧しさから十分な教育が受けられず、低学歴となり、結果として望むような仕事に就けず、その子どももまた貧困にあえぐといった「貧困の連鎖」だけは何としても防がなくてはいけないのです。

まる子 貧困の連鎖を断ち切るためには、どのような公的支援が行なわれればいいのでしょうか。

広井 時代に対応した公的支援が必要ですね。戦後、日本では、教育のスタートラインをそろえることが大切だということで、中学校までを義務教育とし、それによって、多くの人が高校まで進学できるようになりました。ところがいま生まれている教育格差というのは、「小学校入学前と高校卒業後」の教育格差なのです。
というのも、昔は幼稚園に行かなくても、小学校入学時での学力の差はほとんどありませんでしたが、いまは小学校入学までに教育を受け、読み書きなどができるようになっている子が増えています。また昔は、高卒でも就職では引く手あまたでしたが、いまは大学を出ているかどうかで就職できるチャンスにずいぶんと差が生まれています。
こうした社会の変化に対応せず、教育の公的支援は小中高だけで十分だという考えが未だに続いています。貧困の連鎖を断ち切るためには、時代に対応した公的支援を実行していくことが不可欠ですね。

介護と農業には共通点がある

まる子 私の夫(國重隆さん)の職業はプロボクサーなんですが、それだけでは家計が苦しいので(笑)、夫は夕方まで、介護ヘルパーの仕事をしているんです。介護の現場は重労働・低賃金で本当に大変です。hiroimaruko

広井 よくわかります。実は私の父の実家は農家だったのですが、介護同様、農業もその労働の割に、作物の価格が本当に安いんです。
私は介護と農業には「ケア」という共通点があると思っています。人をケアするのが介護、自然をケアするのが農業、そして心をケアするのが文化です。植えた木がどれだけ大きくなるのか、また介護を受けた人が、その介護により後々どれだけ幸せを感じられるようになるのかといったような成果は、長い時間軸で見ないと正しく評価できません。
ところがいまの日本は、ケアの職業を短い時間軸で評価しようとし、結果的に労働と賃金が釣り合わなくなっているのです。こうした職業にこそ公的な支援が必要だと思います。

まる子 賛成です。それといまの日本は、少子高齢化が加速し、人口もどんどん減少しています。日本はこれからどうなるのだろうかと、心配になることがあります。

広井 人口減少社会は、マイナス面ばかりが強調されていますが、長い目で見れば、私は希望を感じています。いまの日本は世界に比べて幸福度がとても低いのですが、江戸末期に日本を訪れた外国人は口をそろえて「こんなに幸せそうに見える人たちを見たことがない」と評価していたんです。同時に「こんなにのんびりしている人たちも見たことない」とも言っていました。
戦後の日本は、坂道をがむしゃらに登り続けてきましたが、これからはゆっくりと坂道を降りる時代になるはずです。そうすると、人と人とのつながりやゆとりなどの新しい価値が生まれ、幸福度は増していくと思うのです。そのためにも政治には、これまで以上に「人生前半の社会保障」に力を入れてほしいのです。

まる子 今後、政治が果たす役割は、いっそう重要になりますね。

広井 そう思います。私は以前から「持続可能な福祉社会」の実現を提案してきました。これからの日本は何もかも成長重視なのではなく、「福祉や環境に軸足を置いた社会」を目指していくべきです。その点で私は公明党に期待しています。公明党はこれまでも福祉や環境に軸足を置いた政策を提案し、実現させてきました。現在、政治の世界では、デフレ脱却を急ぐあまり、ともかく経済成長が第1という傾向が見られますが、公明党にはこれまで通り、公明党らしい哲学や理念を大切にしながら、政治を行なってもらいたいと思っています。

まる子 子どもたちが安心して暮らせる輝く未来のために、政治家の皆さんには、一生懸命、働いてもらいたいと思います。今日は大変にありがとうございました。

<月刊教育誌『灯台』2013年5月号より転載>


ひろい・よしのり●1961年、岡山県生まれ。東京大学大学院修士課程修了後、厚生省勤務を経て、96年に千葉大学法経学部助教授。2003年には同教授に就任。社会保障や環境、医療に関する政策研究から、時間、ケア等の主題をめぐる哲学的考察まで幅広い活動を行なっている。著書に『定常型社会』(岩波書店)、『持続可能な福祉社会』『創造的福祉社会』(ちくま新書)など多数。『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書)では第9回大佛次郎論壇賞を受賞。

はやしや・まるこ●東京都生まれ。1993年、林家一門に入門。テレビ・ラジオのバラエティー番組のリポーターを中心に、ドラマ、映画、CMなどに出演。茨城県知事から任命を受けて「いばらき大使」としても活躍中。現在(2013年4月)、0歳の娘がいる。林家まる子 オフィシャルブログ