ポスト・トゥルース時代の政治の行方

東京工業大学准教授
西田亮介

ネット普及が政治に与える影響

 2016年を象徴する英単語として、オックスフォード英語辞典は「POST-TRUTH」(ポスト・トゥルース)という単語を選びました。あえて意をくんで訳すならば「客観的な事実が重要視されない時代」という意味になるでしょうか。日本の社会や政治も、この「POST-TRUTH」とは無関係ではないと思います。
 私たちが普段接している情報は少なからず「POST-TRUTH」的な面を含んでいます。特にインターネットの情報には質の低いものが多く存在します。しかも現在は、スマートフォンなどで四六時中情報を入手するようになり、ネット依存を深める人が増えました。ネット情報が社会に与える影響はますます大きくなっているのです。
 こうした状況下では、政党など、情報を発信する側は工夫を凝らすようになります。2016年10月~11月にかけて、主要5政党(自民党、民進党、公明党、共産党、日本維新の会)に対して行った調査によると、いずれの政党もネットを利用した平時からの情報発信、広報広聴に積極的に取り組んでいることがわかります。13年のネット選挙解禁で、選挙運動でも広範囲でネット利用が認められるようになりましたが、それから3年ほどで各政党の取り組みが進化し、選挙時も平時も、有権者に直接情報を届けるようになってきました。
 ただし、このことが必ずしも生活者や有権者に有益とは限りません。政党や政治家が自身の主張をわかりやすく伝えようとすることは問題ないのですが、当然自身に有利な形で情報発信しがちです。その情報に対し、生活者や有権者は圧倒的に無防備です。情報をすべて精査して読み解くことなどできませんし、「政治についての情報はよく吟味せよ」といったメッセージに実効性はありません。
 イギリスのEU離脱、アメリカ大統領選挙でのトランプ氏の当選など、世界的に盛り上がるポピュリズム(大衆迎合主義)が、日本でも吹き荒れる土壌はすでに整っています。15年5月の大阪都構想を問う住民投票は、その先駆けとも言える出来事でした。

憲法改正の土台を着々と築いた自民党

 客観的な事実が重要視されない「POST-TRUTH」の状況下で、たとえば憲法改正の是非が問われるような局面を迎えたとしても不思議ではありません。2017年は憲法施行70周年の節目です。18年は明治維新150周年、19年は大日本帝国憲法公布130周年を迎えます。自民党はこれを一つの契機として憲法改正に踏み出そうとするかもしれません。
 憲法改正をめぐる国会の議論は、現在、憲法審査会で行われていますが、この会の経緯を調べると、実に長い時間をかけて改憲への道筋が作られてきたことがわかります。もともとは衆参両院ではなく、内閣に置かれた組織でした(1956~65年)。日本国憲法施行50周年の97年、超党派の憲法調査委員会設置推進議員連盟が結成されます。そして2000年、憲法審査会の前身である憲法調査会ができました。07年5月、第1次安倍内閣は国民投票法を成立させます。この法律によって、衆参両院に憲法審査会が設置されました。国民投票法には〈憲法審査会は、憲法改正原案及び日本国憲法に係る改正の発議又は国民投票に関する法律案を提出することができる〉という一文が書かれています。
 自民党は憲法改正を実現するための土台づくりを、粘り強い実務的な行動力で進めてきました。かたや護憲派は「戦後民主主義を守れ」「憲法9条を壊すな」といった教条的な文言を叫ぶばかりです。もし護憲派が憲法改正させたくないのであれば、国民投票法に先の一文は絶対に入れさせるべきではありませんでした。
 これは護憲派が忘れがちな視点ですが、もし国民投票法で憲法改正が否決されれば、それは現憲法の正当性が国民全体から認められたことを意味します。護憲派は国民投票の危険性ばかりを強調しますが、「国民投票によって現憲法の価値が選び直される」という見方も成り立つのです。
 より建設的で、肯定形の議論がありうるのに、「9条を壊すな」とか「反アベ」などと叫ぶだけで、「POST-TRUTH」的になってしまっています。護憲派はこうした物言いをしているせいで、潜在的な〝顧客離れ〟を起こしているのではないでしょうか。また、メディアも、憲法審査会の細かな審議にこそ注目するべきなのに、取り上げるのは「9条を守れるのか」といった紋切り型の話題ばかりです。

公明党の「生活者目線」

 公明党は与党でありながら、性急な改憲には慎重な姿勢を表明してきました。2016年に発表された政策ビジョン『「新・支え合いの共生社会」の実現に向けて』は、公明党の「大衆とともに」という立党精神に基づく長い取り組みの現在形なのだと感じます。「大衆とともに」を現代ふうに読み解いていくと、外交・安全保障や改憲といった〝大文字〟の政策を優先するのではなく、「生活者優先の経済」「新しい福祉社会」を重視する姿勢になるのではないでしょうか。
 当然そこには新技術も取り込んでいかなければならないので、たとえばIoT(Internet of Things=モノのインターネット)などにも目を配るほか、教育の機会の公平化、待機児童ゼロといった今日的な課題も重視しており、生活者目線で作られた政策パッケージだと思います。こうしたビジョンは本来野党から出てこなければいけないのですが……。
 生活者を支持基盤に持つ公明党だからこそ、大衆の要求を政策として具体化できているのでしょう。公明党が与党にいるのも、生活者の切実な要求を現実のものにするためとも言えるはずです。

<月刊誌『第三文明』2017年2月号より転載>

関連記事:
18歳選挙権を考える――本質的な問題の解決が若者の政治参加を促す(西田亮介)
「2015年体制」と「潮止まり」の政治状況(西田亮介)


にしだ・りょうすけ●1983年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。博士(政策・メディア)。情報と政治、若者の政治参加、無業社会などを研究。立命館大学大学院特別招聘准教授などを経て、2015年9月から東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。著書に『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』『マーケティング化する民主主義』『無業社会』(工藤啓との共著)など多数。『メディアと自民党』が社会情報学会2016年度優秀文献賞。