日本が果たす人権外交の道

国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表/弁護士
土井香苗

1人ひとりが声をあげて世界の人権を守りたい。

日本の人権外交のポテンシャル

 現在、私たちの「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」では、紛争下でも子どもが安全に教育を受けることができるようにするため、「学校に軍隊はいらない!」キャンペーンを推進しています。これは紛争が起きる中で、軍隊が学校を占拠したり軍事利用したりすることがないように、軍隊の行動規範のグローバルスタンダード化を進めるものです。私たちはこのガイドラインの策定過程に日本政府も参加し、それを牽引する1ヵ国になってほしいと提案してきました。しかし、日本政府はもちろんその内容には反対はしないのですが、積極的にリーダーシップをとって動こうとはしませんでした。
 その後、国連安保理の場で日本政府が正式に参加を表明することになるのですが、そこに至る原動力となったのが、公明党の国会議員による政府への働きかけでした。
 今回の日本政府の表明は、国会議員やNGOなどが力を発揮し、政府を後押しすることで、日本の人権外交を積極的に前に進めることができる可能性を示したと思います。
 今、海外では安倍政権は右傾化し、人権無視の傾向にあるのではないかという強い懸念があります。国内にいるとそれほど感じないかもしれませんが、やはり人権という価値は外交やその他の政策における基本であり、主流なものであるという認識が日本は弱いと思います。それだけに、日本が国際社会に対して人権擁護の姿勢を力強く示していくことは、大いに意味のあることです。
 最近、私が日本の人権外交で高く評価していることがあります。それは北朝鮮における人権侵害を解決すべきだと国連で日本が声をあげたことです。北朝鮮では、拉致のほかにも政治犯収容所での人権蹂躙などの多くの人権侵害が、実際に今も続いています。世界中の多くの国が何とかしなければいけないと思っていながらも、積極的に動く理由がないことから何もできないまま来ていたのです。そこで動いたのが日本でした。
 昨年の国連人権理事会での日本の提案には、すべての国が同意しました。これは拉致被害者という当事者を抱える日本だったからこそできたという面がありますが、それにしても被害者のみだけではなく広範な人々を被害者として救済していくプロセスを日本が始めたことは、日本の人権外交のポテンシャルの大きさを示す快挙だったと思います。

人権外交に適した国・日本と東アジア

 日本の工業製品は海外で非常に高い評価を受け、信頼されています。それに限らず、広い意味で、日本には文化力があります。この文化力を背景に、日本に対していいイメージを持っている国が多く、その点から見ても日本はとても人権外交をしていくのに適した国だと思います。
 ただ、今、アジアの中で、中国や韓国とは、政治的に非常に微妙で難しい状況にあります。しかし、将来的には韓国などと手を組み中国も巻き込みながら、より広い範囲にわたる国々とともに、人間の尊厳を実現する国際社会を形成する秩序を作っていく必要があるでしょう。そのために具体的な個別イシュー(社会的な問題)や無難な問題からまずは着手していき、アジアの国々がお互いの信頼感を高めていきながら、徐々に困難な課題の解決に向けた対処を協力して行っていくことは、実効的なアプローチだと思います。
 そうしたきっかけとして防災などが提案されていますが、今私たちが取り組んでいる「学校を軍事利用として使わせない」といった教育的な観点など、あまり反対される余地のないジェネラルなコンセプト(一般的なテーマ)について、まずはアジアの国々で互いに信頼関係を醸成していきながら、ひとつずつ解決に向けて国際的な努力をしていくことは非常に大切だと思います。

市民の声が政府を動かし人権を守る

 国際社会における日本の置かれた立場、世界各国の日本に対する評価や信頼感といったものを勘案すると、日本政府は、さまざまな側面で世界の人権擁護に大きな力を発揮できるポテンシャルがあります。
 しかし、政府が実際に動くには、国民の声という後押しが必要です。これがなければ人権外交を積極的に推し進めていくことは難しいのが現状です。
「人間の尊厳」を世界中で実現しようという国民の声があって、はじめて国の政策となります。それは、人権外交における民主主義の限界なのですが、逆に言えば、市民が声をあげれば、それを政策に昇華していくことも可能だということです。
 現に、学校の軍事利用をやめさせるキャンペーンにおいては、インターネットを通じてかなり多くの若い世代の方たちが、参加してくれました。そうした「声」が政治を動かしていくわけですし、日本政府が国際社会に対して、さまざまな側面で人権外交を繰り広げていく原動力にもなります。
 人権外交においては、日本は非常に動きやすく、各国からの信頼もあるのですから、私たち国民は、もっともっと政府を後押ししていくべきだと思います。
 私たちが直面する数々の問題に、「自分1人で何かできるものでもない」と思う方も多いだろうと思います。ましてや、世界で起きている人権侵害など、自分が出かけていって何かできるわけでもないと考えがちです。
 そういう、個人では対応しがたい問題や社会的システムなどに関する課題は、政治が担当して、皆の良い方向に変えていかなければなりません。
 民主主義国家においては、国民の声があがれば、政治を変えることができます。政府を動かすことができるのです。ですから、声をあげるということは市民の重要な役割だと思います。
 民主主義の要諦は、市民が政治を監視して問題があれば、声をあげて正していくことにあるはずです。実際に政治家に伝えることもいいでしょうし、ウェブサイトやソーシャルネットワークを介して意見表明することも、声をあげることです。
 インターネット上の意思表明など、大海の1滴にすぎないと考えないでいただきたいのです。1滴ずつであっても、それが集合することで大きな力になり、実際に政治を動かしたり、社会を変えている現実があります。

里親制度の推進で子どもたちを救う

 今、私たち「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」が日本の人権問題の観点から考えていることとして、すべての子どもの「家庭で育つ」権利の実現に向けた養子や里子の推進運動の展開があります。すべての子どもに愛と理解のある「家庭」で育つチャンスを与えることは国家の義務ですが、日本では、望まない妊娠や児童虐待などで実親から離れざるを得なかった子どもたちは、児童相談所が、ほとんどを乳児院や児童養護施設などの施設に収容してしまっています。
 児童虐待は、まさに典型的な人権侵害にほかなりませんが、そこを生き抜いた後も子どもたちは苛酷な状況におかれ続けているわけです。
 こうした収容施設は職員の数も十分ではなく、スタッフが努力をしても子ども1人ひとりに十分愛情を注ぐことができません。また、子どもは高校卒業とともに施設を退所せざるを得ず、十分なアフターフォローもなく社会に放り出されて自立を迫られています。
 しかしやはり、家庭の中で愛されて育つのは〝子どもの権利〟。最高の施設も、平凡な家庭にかなわないのです。そこで「里親制度」が重要になります。里親制度は、親や家庭を失った子どもたちを救っていける、現実的でもっとも有効な方策になり得る制度だと思います。
 残念ながら日本は里親率が海外に比べて非常に低い国です。施設収容でさまざまな被害を特に被るとされる乳児についてまで、収容施設(乳児院)がある先進国はとても珍しいのです。
 特に赤ちゃんについては基本的に例外なく施設ではなく家庭で育てなくてはなりません。そして、すべての子どもが家庭で育つチャンスを持てるよう、児童福祉法を改正して、委託先決定機関を現在の児童相談所から家庭裁判所などの独立した第三者機関に変更する必要があります。
 私たちは、まず現状を正確に把握するために日本の状況を調査し、具体的な政策提言をまとめて、日本のより多くの方々に、家庭を失った子どもたちの現状を知っていただく活動をしていきたいと思っています。

<月刊誌『第三文明』2014年6月号より転載>


どい・かなえ●1975年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。在学中の96年、司法試験に合格。大学4年生のとき、NGOピースボートのボランティアとして、アフリカ・エリトリアに赴き、1年間エリトリア法務省で法律作りの手伝いをする。2000年、弁護士登録。ふだんの業務のかたわら、日本にいる難民の法的支援や難民認定法改正のロビーイング、キャンペーン活動にかかわる。06年、「国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ」ニューヨーク本部のフェローとなり、07年日本駐在員、08年9月から日本代表を務める。10年「エイボン女性賞」受賞。著書に『巻き込む力』(小学館)などがある。 ヒューマン・ライツ・ウォッチ ヒューマンライツウォッチ 土井香苗のブログ