日本は環太平洋地域の「バランサー」たれ

九州大学名誉教授
藪野祐三

太平洋進出をねらう経済大国・中国

 アジア地域の外交・安全保障を考える際には、アジアを細かく分ける必要があります。①中国・韓国・日本を中心とする東アジア②極東ロシアを含む北東アジア③東南アジア④中央アジア――といったように、分けて考えてみてください。
 アジアを見るときに、資源という視点は欠かせません。ロシアの豊富な資源は韓国の釜山経由でマレーシアやシンガポールに運ばれ、三角貿易が展開されています。ウズベキスタンやカザフスタン、モンゴルなど中央アジア諸国には希少鉱物が豊富にあり、資源大国としてアジア経済に大きな影響力をもつわけです。
 尖閣諸島での中国漁船衝突事件を機に(2010年9月)、東アジアの政治的課題はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)から外交・安全保障問題へと転換しました。
 今や中国のGDP(国内総生産)は日本を追い抜き、アメリカに次いで世界第2位の経済大国です。世界地図を広げて中国から太平洋を眺めてみると、日本はちょうど堤防のように立ちふさがっています。中国が太平洋へ進出するにあたっては、日本は邪魔な位置に存在しています。尖閣諸島はシンボルとして利用されました。
 中国が尖閣諸島や防空識別圏を政治的課題として拡大してくれるのは、安倍外交にとっては実は都合のいいことです。アメリカが中国にどう対応してくれるのか、安倍首相は注視しています。アメリカと中国が対立を強めてくれれば、環太平洋地域における日本の相対的パワーバランスが有利になるからです。
 日米同盟を盾にアメリカと中国がぶつかれば、安倍首相は憲法9条改正や集団安全保障容認を打ち出しやすくなります。アメリカに対中外交のイニシアチブ(主導権)を取ってもらいつつ、自民党保守派の悲願である自主防衛・集団安全保障路線へと展開していきたい。2014年は日中の緊張が収束へは向かわず、軍事的対立の落としどころを探る年、パズルの解き合いの年になります。

公明党は「平和のバランサー」に

 日中関係がこじれている今は、安倍首相にとって大きなチャンスです。アメリカは「日米安保条約があるため、尖閣諸島で何かあれば日本を守る」と表明してくれました。
 アメリカと中国に続く日本は、環太平洋地域における「偉大なるネゴシエーター(交渉者)」になることを目指しています。環太平洋の外交・安全保障におけるネゴシエーターになると同時に、日本は調和と多元的外交によるバランサー(均衡を調整する存在)にもなりたい。
 一方、2012年8月に李明博大統領(当時)が竹島に上陸して以来、日韓関係にも緊張が続いてきました。従軍慰安婦問題もくすぶっており、13年2月に大統領に就任した朴槿恵さんと安倍首相の日韓首脳会談はいまだに実現していません。
 朴槿恵大統領は、なぜ日本への対立姿勢を弱めないのでしょう。それは、韓国も日本と同じく、環太平洋地域においてアメリカと中国を相手にした「偉大なるネゴシエーター」「バランサー」になりたいからです。韓国は環太平洋で日本に先を越されたくありません。
 日韓が仲のよい状態で両方ともネゴシエーター、バランサーになれればいいのですが、それはなかなか難しい。日中と同じく、日韓の緊張についても簡単に収束へは向かわず、軍事的対立関係の落としどころを探る動きが今後も続くでしょう。
 国内政治においては、安倍首相はタカ派路線を突き進んでいます。平和政党・公明党としては、安倍自民党を牽制する「平和のバランサー」の役割を果たしてほしいものです。

アジアに残る冷戦時代の遺産

 1991年にソ連が崩壊して東西冷戦が終わったものの、アジアにおける冷戦はまだ終わっていないことにも注意が必要です。第二次世界大戦後、米ソ対立によって分断された国は世界に4つあります。①東西ドイツ②中国・台湾③南北ベトナム④韓国・北朝鮮です。
 ①~④のうち3つがアジアです。東西冷戦の被害は、アジアに集中しているともいえます。旧ソ連は大陸国家であり、国境線上に海がありませんでした。太平洋に進出する窓口を求めたソ連は、海洋に接するベトナムや中国・台湾、韓国・北朝鮮を進出拠点にしようとしたのです。
 東西ドイツが統一した当時、西ドイツの人口は6000万人、東ドイツは2000万人でした。ドイツ統一により、豊かな3人が貧しい1人を抱えこむ構図ができあがったのです。89年にベルリンの壁が崩壊すると、ドイツの経済は一気に衰退しました。
 この様子を見て以来、韓国は南北統一を叫ばなくなりました。89年当時、韓国の人口は2000万人、北朝鮮は1000万人でした。経済的には東西ドイツの統一より厳しい状況で、韓国は北朝鮮を養わなければならなかったからです。今では韓国の人口は5000万人まで増えましたが、状況はドイツ統一と変わりません。
 中国と台湾、韓国と北朝鮮の問題は今日でも解決されておらず、アジアにおける冷戦の〝遺産〟は残されたままです。その結果、緊張状態があちこちで続いていることを私たちは知っておくべきです。
 安倍さんは首相就任直後、東南アジア諸国を歴訪してよい関係を築いています。目覚ましい経済発展が続く東南アジアでは、国ごとの「点」ではなく、地域全体の「面」のつながりができあがりました。
 東南アジアには若い人口が多く、1960年代の日本(高度経済成長期)と同じ状況です。安い労働力と豊かな市場がありますから、東南アジアはこれから中国に続く「世界の工場」になっていくでしょう。日本にとっても、特許や技術移転によってこれから東南アジアで大きな成果が得られるはずです。

外交の多元化を

 日本は多面的外交がとても下手です。外交には多元的チャンネルが必要なのですが、尖閣諸島問題1つとってもよくわかるように、日本外交はチャンネルをうまく活用できていません。
 外交では表のチャンネルを使うだけでなく、あちこちのチャンネルを利用しながら事態の打開を図るものです。ベトナム戦争の真っ最中(72年)、ニクソン大統領は電撃的に訪中して毛沢東主席や周恩来総理と会談しました。ニクソン訪中は、アメリカが多元的な交流チャンネルをもっていることの証左です。
 国際交流にはさまざまな形がありますが、国同士の摩擦が最も少ないのは留学生交流だと思います。私が勤務していた九州大学では、90年代からタイやベトナム、モンゴル、ウズベキスタンなど各国の留学生を積極的に受け入れてきました。彼らが留学に来てくれれば、留学生の出身国の知識が私たちのもとにも入ります。大学を拠点に、アジアのネットワークを構築できるのです。留学生が政府や企業内で重要なポジションについてくれれば、外交の多元的チャンネルとして生きていきます。
 福岡は89年以来、25年間にわたって「アジア太平洋こども会議・イン福岡」という集まりを開催してきました。子どもたちの異文化交流によって、思いやりのある地球市民を育てることが目的です。こうした取り組みも、外交の多元的チャンネルになっていきます。人材交流には時間がかかりますが、長い目で見れば必ず外交と国益に資するのです。

<月刊誌『第三文明』2014年2月号より転載>


やぶの・ゆうぞう●1946年、大阪市生まれ。政治学者。九州大学名誉教授。専門は現代政治分析、国際関係論。大阪市立大学法学部助手などを経て、九州大学大学院法学研究院教授に就任(2010年3月に退官)。多数の公職を兼任するとともに、政府や政党に対してさまざまな政策提言を行ってきた。九州朝日放送の番組などにコメンテーターとしても出演。九州朝日放送ウェブサイトでは週刊コラム「藪野教授のバグバグ」を連載。著書に『アジア太平洋時代の分権』『失われた政治』など多数。