貧困や雇用の問題など時代の変化に不安を覚える若者は多い。一方だからこそ、「しっかり年金の保険料を納めていくべき」と考える人がいる。行政経験を生かし、実践的な教育を行っている増田雅暢氏に〝年金の今〟を聞いた。
年金制度は破綻しない
65歳以上の高齢者人口が3000万人を突破し、今ほど年金制度に対する国民的関心の高い時代はないと思います。その一方で、年金の仕組みが国民に正しく理解されていないために、「将来、年金制度がなくなってしまうのではないか」といった破綻論が世の中にはびこっています。
その最たるものが「未納率」の問題です。年金制度の悲観論者は、「保険料の未納率が4割にも達しており、年金制度はすでに崩壊寸前である」と主張をして、若者の不安を煽っています。しかし彼らの主張する未納率とは、自営業者などを対象とした「1号被保険者」のみの未納率を指しているのです。年金制度は1号のほかに、2号(サラリーマンや公務員)・3号(サラリーマンの配偶者など)被保険者によって構成されています。職業によって「国民年金」「厚生年金」「共済年金」と名称は変わりますが、それぞれ別の仕組みに加入しているわけではありません。すべての国民が「国民年金(基礎年金)」制度に加入しているのです。
ですから、未納率を問題にするなら1号のみならず、1号から3号被保険者まで含めた公的年金全体の加入者数で論ずべきです。実際、公的年金全体の加入者数は平成22年度末現在、6826万人で、対する1号被保険者の未納者は495万人と全体の約7.3%に過ぎません。1割にも満たない未納者によって年金制度が崩壊することはないのです。
年金は不公平な制度か
年金制度に不信感を抱く人の主張に耳を傾けていると、歴史的な背景や制度の社会的意義など、前提条件を一切無視して、意図的に年金を批判しようとする議論に驚かされます。しかし、次元の違う事柄同士を同列に論じても意味がありません。
たとえば、「今の若者世代に比べて、1940年生まれの高齢者世代は、払った年金の6.5倍もの年金を受給している」との論調で世代間格差を煽ることはやめるべきです。そもそも彼らの世代は終戦後、焼け野原の国土を復興しながら、現在の日本社会をつくり上げてきました。わずかな老齢福祉年金を受給する親を養いながら、同時に自分たちの年金保険料も納めて、数十年もの歳月を生き抜いてきたのです。
現在の20代でも、将来は支払った保険料の約2.3倍の年金を受給できると試算されています。しかも年金制度があるため、基本的に親の暮らしの面倒をみる必要はありません。ですから単純な比較などできないのです。
また生活保護制度との比較で年金制度を語ることもやめるべきです。確かに月額約6万2000円から約8万円の生活扶助と、基礎年金額(満額で月額約6万6000円)を単純に比較すれば、不公平感はあるかもしれません。
しかし、生活保護と年金では制度の目的や運用方法が全く異なります。生活保護は最後のセーフティーネットであることは言うまでもなく、社会的な制約もあり、預貯金や自動車を持つことができません。また労働収入や家族の仕送りがあれば、支給額は引き下げられます。一方年金には生活保護に課されているような制約が一切なく、預貯金の多寡に関わらず、きちんと受け取ることができます。目に見える金額のみをとらえて、年金と生活保護を比較して論じる姿勢は正しくないのです。
年金は若者の暮らしを守る
年金は老後の備えであるとか、自分だけのものという印象を抱きがちですが、もっと広いリスクに対応できる社会制度です。現在の暮らしを守り、自分や家族を守ってくれる〝いざ〟というときの「保険」でもあるのです。その代表的なものが「障害年金」です。
不慮の病気や事故によって障害を負ってしまった場合、障害の等級に応じて、一生涯の給付が受けられます。保険料納付などの受給要件を満たしていれば、障害等級1級で年額98万3100円、2級で78万6500円の給付が受けられます(平成25年度)。
費用対効果の面からも非常に魅力的な制度だと思います。毎月の国民年金保険料1万5000円を40年間払い続けると、合計720万円必要になります。一方支払われる年金は、月額約6万6000円で年額にすると79万円です。この計算に基づくと、約9年で支払った保険料の元が取れることになります。65歳からの受給を前提とすると、74歳以降は長生きすればするほどリターンが大きくなっていくのです。また保険料を納めることが経済的に難しいときには、保険料免除制度や若者向けの納付猶予制度があります。
果たして民間の金融商品に、これほどの保障を一生にわたって受けられる仕組みがあるでしょうか。年金制度は、国が70年もの歳月をかけてつくり上げた社会保障システムであり、先人たちの創意工夫によって、人びとの暮らしを守るたくさんの知恵が盛り込まれているのです。
「改革幻想」にふり回されるな
社会が混迷を深めると、政治の世界に必ず「改革幻想」が台頭してきます。今あるものを全否定し、既存の価値を破壊すれば、すべての物事が解決すると世論を錯覚させるのです。年金でいえば「賦課方式」の見直しでしょう。
現在の若者世代が支払った保険料を、今の高齢者の年金給付に充てることを賦課方式といいますが、一部の人びとの間には、「自分たちが高齢者になるころには年金の支給額が削られることは確実なのだから、他の世代の面倒などみたくない。賦課方式を止めて積立方式に変えよう」と主張する人がいます。しかし、世界の主要な国々でも賦課方式であり、積立方式を採用している国はありません。
理由は将来のインフレに対応できないからです。50年前の1960年代、大卒初任給は2万円台でした。支払う年金保険料は微々たるもので、物の値段も今の数分の1以下でした。もし積立方式を採用し、自分たちの支払った保険料だけで年金制度を運営しようとすれば、積み立てた分の給付しか受けられず、将来のインフレに対応できなくなるのです。
また新たに積立方式を始める場合、現在の受給者の年金給付に必要な費用も負担する必要があり、現役世代は「二重の負担」を強いられます。日本のように成熟した経済大国では、現行制度の改善によって社会制度を運営していくべきなのです。
公明党は改革幻想にとらわれていない政党です。国民の幸福に関する政策を追求する一方で、実現可能な制度改革に取り組むバランス感覚がある政党との印象を私は持っています。2004年に公明党がリードした「年金100年安心プラン」では、保険料負担の上限設定や年金積立金の活用を盛り込み、年金制度の長期安定化にイニシアチブを発揮しました。
若者の未来を守るために、持続可能な形で年金制度改革をしていくことは大切です。今後、さらに議論が深まっていくであろう「社会保障と税の一体改革」においても、現行制度の骨格を維持しつつ、日々改善に努めていく公明党の政治スタンスに期待したいと思います。
増田氏が語る『若者のための年金制度改善プラン』
1、非正規雇用への厚生年金適用拡大(パートやアルバイトを2号被保険者にし、生活の安定を計り年金財政を強化する)
2、ブラック企業対策(年金機構や労働基準監督署の権限を拡充し、企業の違法な年金負担逃れを監視する)
3、年金の追納制度を拡充(現在、特例で10年まで認められている追納期間の延長や延滞加算金を緩和する)
4、若者の社会保険料負担を年金・医療・介護保険のトータルで考える(マイナンバー制度の活用で若者の所得を把握し、費用負担に上限をもうける)
5、子どもへの年金教育(年金破綻論に振り回されないよう、小中学校から年金について学習させる)
6、年金制度の運用状況を政府が政治主導で積極的に公開する
7、年金給付の弾力的な運用(年金の支給開始年齢を一律にするのではなく、個人が選択して決める)
<月刊誌『第三文明』2013年10月号より転載>