日本の課題解決に向けた端緒となる、歴史的なシンポジウム「休眠口座が日本の未来を創る」が2013年1月、開催された。休眠口座とは何か。その活用は日本社会に何をもたらすのか。今、政官民ともに、休眠口座活用に向けての動きが沸き起こっている。熱気溢れるシンポジウムをレポートする。
◆講演者(パネリストとしても参加):グラミン銀行元総裁・ノーベル平和賞受賞者 ムハマド・ユヌス
◆ファシリテーター:休眠口座国民会議呼びかけ人・NPO法人フローレンス代表理事 駒崎弘樹
◆パネリスト:坂井学(自民党 衆議院議員)、谷合正明(公明党 参議院議員)、鈴木 寛(民主党 参加時は参議院議員)、宮城治男(NPO法人ETIC.代表)
◆プレゼンター:大 毅(弁護士 大毅法律事務所代表)
毎年800億円超の休眠口座が生まれる
2013年1月、日本の課題解決に向けた端緒となる、歴史的なシンポジウム「休眠口座が日本の未来を創る」が開催された。
休眠口座国民会議は、病児保育の社会起業家として知られる、NPO法人フローレンス代表の駒崎弘樹氏が呼びかけ人となり、昨年発足した。
休眠口座とは、長期間引き出しや、預け入れなどの取引のない銀行口座のことをいう。日本では、銀行で10年、ゆうちょ銀行で5年以上経った口座のうち、預金者と連絡がつかないものが休眠口座とみなされる。
金融庁の調査では、2009年度は883億円、2010年度は882億円と、毎年800億円を超える休眠口座が生まれ、ここ20年間で累計すると、その額は2兆円前後にのぼると見られている。
10年以上取引がない口座については、銀行から預金者に対して通知がされるが、1万円以下の口座には通知がなされないため、預金者が忘れたままになっているケースが多いという。
また、通知が届いても、多くの銀行が、口座をつくった支店窓口でなければ払い戻しができないため、結婚や就職でその支店から離れた場合、少額の預金額のために、そのまま払い戻しを断念してしまうケースもあるようだ。また、預金者が亡くなったことにより、休眠口座になるケースもある。
こうした休眠口座の存在は、多少は知られていても、それが最終的に金融機関の収益として処理されることは、まだまだ知られていない。
この毎年発生する800億円超の休眠口座のうち、4割程度が払い戻しされているが、多く見積もっても残り300億円程度が、永久的な休眠口座となっている。
そして現行制度では、これが銀行の収益になってしまうのである。
休眠口座を活用して貧困層への支援を
駒崎氏が、休眠口座国民会議を発足させた背景には、NPO活動を通して知った1人親家庭の困窮ぶりがあった。1人で子育てをしながら働くため、低所得者が多く、そこに公的支援が届かないことから、貧困に陥りやすい実態があるのだ。親が貧困に陥ると、子どもへの教育投資がなされず、「貧困の世襲」につながってしまう。
駒崎氏は「困ったときに必要なお金を借りることができれば、暮らしを立て直すことができる」と考え、無利子で融資を行う仕組みをつくれないかと考えていたときに、韓国での休眠口座の活用を知ることになる。
そして、日本でも同様のことができないかと同会議を発足させた。
これに対し、日本では「国が国民のお金に手をつけるなんて」といった批判の声もあった。しかし、休眠口座国民会議が提案するスキーム(計画・枠組み)は、休眠口座になったとしても、いつでも払い戻し請求には応じる仕組みだ。預金者の権利を保護しながら、残りの永久に使われないお金をマイクロファイナンス(少額の無担保融資。「マイクロクレジット」ともいう)として、子どもたちの奨学金や被災地復興に利用していこうというアイデアである。
2011年1月から、政府に報告書を矢継ぎ早に提案してきた。そして東日本大震災後、復興費用に充てるための新プランも同年4月に提出。
それらが今ようやく、国として動きはじめようとしている。
創造性を生かせば問題は克服できる
基調講演では、ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行元総裁のムハマド・ユヌス博士が登壇した。
ユヌス博士は、著書『貧困のない世界を創る』の中で、新しいビジネスの形としてソーシャルビジネス(貧困・福祉など、社会的課題を解決するための、利益を追求しないビジネス)を提唱している。
「事業によって社会的課題を解決する」というビジョンのもと、ユヌス博士はグラミン銀行を創設し、既存の銀行が相手にしない貧困層の人々(ほとんどが女性)に融資を行う、マイクロクレジットを実現。驚くことにこのモデルは、98%を超える返済率を誇っている。
博士は語る。
「ソーシャルビジネスの定義は、人間が直面する課題を解決する無配当の事業。成功すれば資金を回収し、再投資できます。利益を追求するのではなく、問題を解決することが唯一の目的です」
この言葉のとおり、ユヌス博士は安価な通信サービスを提供するグラミンテレコムや、電力不足に対応するグラミンエナジーなど、ソーシャルビジネスのグループ企業を続々と立ち上げ、社会的課題の解決に取り組んでいる。
また、バングラデシュで社会貢献ビジネスに取り組むユニクロなどの日本企業を紹介し、「日本のテクノロジーは世界に貢献できます。日本は、〝問題解決のリーダー〟として人々の記憶に残るでしょう」と、日本の取り組みに対してエールを送った。
そして、今回のテーマとなる休眠口座について、「日本でも休眠口座を使って、ソーシャルビジネス基金をつくってはいかがでしょうか。人間の無限の創造性を生かせば、問題は必ず克服でき、人を救っていける。休眠口座はそのための強力なツールになる」と情熱的に訴え講演を終えた。
実現に向け超党派で推進を
その後のパネルディスカッションでは、活発な意見交換が行われた。
NPO法人ETIC.の宮城治男氏は、休眠口座が果たすソーシャルセクター(社会的課題を解決するための分野)への広がりについてこう語る。
「2010年ごろから輝かしいキャリアの人材がソーシャルセクターに流れてくるようになり、それが3・11を機にさらに加速しました。この潜在的な変化は、まだ顕在化していません。休眠口座はこの流れを顕在化する基盤になりうると思います」
公明党の谷合正明氏は新たなセーフティーネットとして休眠口座を位置づけ「既存のセーフティーネットの網ではこぼれてしまう人もいます。網ではなく〝抜け落ちることのない床〟という概念に立ち、しっかり支えていくことが重要です。日本人は匿名の少額寄付をしてくれるのが特徴。全員参加型の新しい支えあいの仕組みが、休眠口座をきっかけにできるのではないかと思います。いよいよスタートなので、ゴールまで力をあわせていきたい」と力強く語った。
自民党の坂井学氏は「(民主党政権から)大きな宿題を背負ってしまいましたが、休眠口座が日本の閉塞感を打破し、活気ある日本をつくるエネルギーになればいいと思います」と実現への意気込みを語った。
民主党の鈴木寛氏は、休眠口座を活用したソーシャルファンド(社会的課題を解決するための基金)の役割について「政府がやることは形式的平等主義です。しかし、正義にかなう不平等もあると思います。それは政府ではできない。休眠口座をベースにしたソーシャルファンドでは、それが堂々とできる」とその可能性を示唆した。
最後に進行を務めた駒崎氏は「今日は歴史的な1歩を踏み出せたと感じています。創造力を駆使して逆境を変えていきたい。われわれの熱量が、政治家の背中を押すのです。今日見に来てくれた人は〝共犯者〟です。ぜひ力を貸してください」と来場者に語りかけ、シンポジウムは幕を閉じた。
厳しい財政状況の中、休眠口座の活用は社会的事業、自立支援、教育支援、復興支援など社会的課題の解決に向けた大きな光脈になるにちがいない。
実現に向けた今後の動向から目が離せない。
<月刊誌『第三文明』2013年4月号より転載>