現役党員から示された危機感
日本共産党が厳しい批判にさらされている。
ことの経緯はこうだ。日本共産党員で「かもがわ出版」編集主幹をつとめるジャーナリスト・編集者の松竹伸幸氏が、さる1月に著書を出版した。書名は『シン・日本共産党宣言 ヒラ党員が党首公選を求め立候補する理由』(文春新書)。
松竹氏は一橋大学に在学中の1974年に日本共産党に入党。卒業後は党の専従職員となり、国会議員秘書、党本部の政策委員会で安保外交部長などをつとめた。2001年の第19回参議院選挙では同党の比例区候補(落選)にもなっている。
2005年、同党の月刊誌『議会と自治体』(5月号)に寄稿した論文が、志位委員長の批判を受ける。1カ月近い論争の末、同じ雑誌の翌月号に自己批判文を書かされた。
翌2006年、党本部を退職してかもがわ出版に入社。ジャーナリストとして多くの著書も執筆し、編集長などを歴任した。
それでも松竹氏は「共産党員であることの誇りと志は変わらなかったし、毎月欠かさず収入の1パーセントを党費として納め(カンパはもっと多額だが)、所属する支部の会合には欠席したことがない」(『シン・日本共産党宣言』)という筋金入りの党員だった。
2015年に平和安全法制が成立すると、日本共産党はこの廃止を掲げて「野党共闘」を仕掛けた。表向きは自公政権に対抗する野党勢力を結集するという大義名分になっていたが、実態は党綱領に掲げる「統一戦線」(社会主義共産主義革命の前段階として、部分的に一致できるさまざまな勢力と共闘して体制を打倒する)戦術そのものである。
しかし、野党共闘で新たな政権の選択肢を訴えても、「自衛隊違憲」「日米安保廃止」の綱領を掲げる日本共産党が加わるとなると現実味が消えてしまう。松竹氏はこの点をずっと危惧してきたわけだが、案の定、「政権協力」まで口にした2021年の総選挙で日本共産党は敗北。立憲民主党まで大敗させて執行部を退陣させるという最悪の結末に終わった。
こうした末期的状況に強い危機感を覚えた松竹氏は、野党共闘が成立するためのカギとして、同党の安保防衛政策の現実路線化と、党員投票による党首選挙を提案する形で、今回の著作を出版したのだった。もし、党首選挙が実現すれば、自分自身が独自の安保政策を掲げて党首選挙に立候補したいと表明したのである。
志位委員長が22年以上も党首をつとめているというのは、国民の常識からかけ離れているというのが松竹氏の主張だった。
各界からの大ブーイング
この『シン・日本共産党宣言』には内田樹氏が推薦文を寄せ、その一部「葛藤を通じて成熟するというのは個人でも政党でも変わらない。松竹さんは共産党が成熟した国民政党になることを切望している。本書が生産的な対話の始まりになることを私は願っている」が帯として使われた。
ところが、期待された「生産的な対話」が始まることはなかった。
発刊直後の1月21日、機関紙「しんぶん赤旗」は編集局次長名で「規約と綱領からの逸脱は明らか――松竹伸幸氏の一連の言動について」と題する長文の批判を掲載した。
中央委員会や幹部会に意見を述べることなく著作等で意見表明したことは「外からいきなり攻撃すること」であり、党の規約を破っている。党首公選制を主張することは民主集中制(下位機関は上位機関の決定に従う)という党規約と相容れない。安保に関する松竹氏の主張は党綱領の根本的命題を投げ捨てるもの、という猛烈な反論だった。
そして、2月5日には松竹氏の所属する京都府の南地区委員会が「分派活動をおこなった」として同氏の除名を決定。党府委員会が承認して6日に除名が確定したのだ。
これには、マスメディアや各党はもちろん、日ごろ赤旗に登場する言論人さえも大ブーイングを発した。
有田芳生氏はツイッターで、
松竹伸幸さんひとりで発言してきたことが、なぜ「分派」なのでしょうか。誰との「分派」なのか。ぜひ教えていただきたいです。(2月6日のツイート)
と批判。このツイートを引用する形で元週刊朝日編集長の山口一臣氏も、
たぶん、松竹さんの主張があまりに正鵠を射ているので、党内で多数の共感者が発生して、やがて「派」になることを見越したのではないでしょうか。つまり、自分たち(執行部)の主張が無理筋であることを事実上認めたわけです。(2月6日のツイート)
と共産党執行部を非難。内田樹氏は、
組織改革を提言したら、いきなり「除名」処分というのは共産党への評価を傷つけることになると思います。(2月6日のツイート)
とツイート。映画監督の想田和弘氏も、
党首公選制を公の場で主張しただけで党を除名されるのであれば、日本共産党は民主的組織とは言えない。いくら高邁な民主主義的理想を掲げていても、非民主的な組織に民主的な社会を作れるはずがない。(2月6日のツイート)
と批判した。
朝日新聞は2月8日の「社説」でこの除名問題を取り上げ、
党勢回復に向け、党首公選を訴えた党員を、なぜ除名しなければいけないのか。異論を排除するつもりはなく、党への「攻撃」が許されないのだと言うが、納得する人がどれほどいよう。かねて指摘される党の閉鎖性を一層印象づけ、幅広い国民からの支持を遠ざけるだけだ。(『朝日新聞』2月8日社説)
と同党の異常な体質を指摘し、「党内の結束が保てたとしても、これまで共産党の政策や活動に理解や共感を示してきた、党員以外の有権者や知識人の心が離れるなら、党勢は細るばかりだと思い知るべきだ」と結んだ。当然の意見だろう。
批判許さない独裁体質
すると日本共産党は猛反発を見せた。翌2月9日の「しんぶん赤旗」に政治部長名で朝日新聞への長文の反論を掲載。
「大手新聞」をなのる全国紙が、その社説で、公党に対してこのような攻撃を行うということは、日本国憲法第21条が保障した「結社の自由」に対する乱暴な侵害であり、攻撃であるということです。(『しんぶん赤旗』2月9日)
党首をどう選ぼうが政党の勝手であり、朝日新聞に指図されるいわれはないと猛反発したのだ。
国政に議席を持ち政権交代を訴える公党のありかたに全国紙が意見することは、憲法が保障する「結社の自由」に対する「乱暴な侵害であり攻撃」になるらしい。今後、たとえば朝日新聞なりが自民党の総裁選のあり方に疑義を呈するようなことがあっても、日本共産党は同じことを言うのだろうか。
松竹氏除名の主な理由が「党攻撃の分派活動」とされたことに、政治学者で『日本共産党』(中公新書)の著者でもある中北浩爾・一橋大学教授は、
「分派というのは、恒常的な党内グループを指す。これでは一時的に連絡を取っただけで分派活動になる。そして、このレベルを『攻撃』と捉えるとは、あまりに過剰な反応。言論弾圧だ」と指摘。「言論の自由を保障する立憲主義、多様性といった、外に向けて言っていることと、中でやっていることが矛盾している」と批判する。(『東京新聞』2月8日)
東京新聞はこの記事の結びに「デスクメモ」として、こう記している。
異論があるなら内部で言え。ちゃんと聞くから。ただし外部には言うな。それが民主集中制だ。外部に言うならそれは分派活動だ、党への攻撃だ――。用語も含めて、いったい、いつの時代のどういう世界観で組織運営をしているのかと思う。「老舗の味」で済ませられるズレではない。(同)
革命政党のイメージを隠しソフト路線で進めてきた日本共産党だが、今回ばかりは日ごろ共産党に好意的・親和的なところからも批判が相次いでいる。しかし同党は聞く耳を持たないどころか、忠言にも猛烈に反発する始末。
図らずも東京新聞が指摘したように「民主集中制」という共産主義独裁の恐ろしさが垣間見えた形だ。
「日本共産党」関連:
北朝鮮帰国事業に熱心だった日本共産党の罪
書評『日本共産党の100年』――「なにより、いのち。」の裏側
日本共産党 暗黒の百年史――話題の書籍を読む
日本共産党と「情報災害」――糾弾された同党の〝風評加害〟
日本共産党と「暴力革命」――政府が警戒を解かない理由
暴力革命方針に変更なし――民主党時代も調査対象
宗教を蔑視する日本共産党――GHQ草案が退けた暴論
宗教攻撃を始めた日本共産党――憲法を踏みにじる暴挙
共産党が危険視される理由――「革命政党」の素顔
共産党が進める政権構想――〝革命〟めざす政党の危うさ
西東京市長選挙と共産党―糾弾してきた人物を担ぐ
「共産党偽装FAX」その後―浮き彫りになった体質