文系の学びを地域貢献につなげる~「ベートーヴェン学生選書」の挑戦~

創価大学文学部教授
伊藤貴雄

 現在、ベートーヴェンの交響曲第9番の初演200周年を記念し、「くまざわ書店」八王子店5階フロアにて、ベートーヴェンに関連する書籍を扱う「学生選書」を開催している(12月末まで開催予定)。
 作品や生涯を扱った最新の研究だけでなく、子供向けの入門書、ベートーヴェンが生きた時代や社会を知るための本、さらに彼の芸術と人生が現代に与える示唆を考える本を揃えた。計33点のブックフェアである。
 本稿ではこの企画の背景と、アピールポイントをお伝えしたい。

サービス・ラーニング(貢献型学習)の試み

 この企画は、筆者が2024年度春学期に創価大学文学部で担当した科目「哲学・思想特講A」の受講者が、サービス・ラーニングの一環として、文系の学びを活かした地域活性化に取り組んだものである。
 サービス・ラーニングとは、貢献(サービス)と学習(ラーニング)とを統合した学びであり、学習者と地域社会との連携を通して、双方に良き影響をもたらすことを意図している。 続きを読む

公明党、反転攻勢へ出発――「外側」の意見を大切に

ライター
松田 明

「政治とカネ」への公明支持層の怒り

 公明党は11月7日午後、全国県代表協議会を開催した。
 明2025年の夏には東京都議会議員選挙と参議院選挙が控えている。先の衆議院選挙で32議席から24議席へと大きく後退した公明党にとって、捲土重来を期す「反転攻勢」への出発の会合となった。

 衆院選で自民・公明は過半数割れまで議席を減らし、少数与党となった。ただ、選挙直後の11月2日~3日にFNNが実施した世論調査では、石破政権の継続について「続投してよい」が55.3%で「交代するべき」の36.5%を上回った。
 有権者の多くは、とりあえず自公を過半数割れとしたうえで、なお石破政権の継続を容認したかたちだ。
 この調査では、政権に対する公明支持層の厳しい目も浮き彫りになった。

内閣支持率を自公の支持政党別に見ると、石破政権を「支持する」という答えについて「自民支持層」79.8%、「公明支持層」59.5%となった。(「FNNプライムオンライン」11月8日

 選挙直後の数字であることに留意が必要だが、「政治とカネ」をめぐる政権の対応について、公明支持層の強い反発があったことがうかがえる。 続きを読む

書評『魏武注孫子』――〝乱世の奸雄〟と学ぶ戦略の極意

ライター
小林芳雄

時代の転換点を生み出した強烈な才能

 中国の歴史小説『三国志』は日本でも多くの愛読者を持つ。登場する英雄のなかでひときわ異彩を放つ人物のひとりが曹操である。小説の曹操は軍事や謀略に長けた乱世の奸雄として描かれる。しかし史実によれば、文学や学術の分野での才能にも長けた多才な人物であった。
 曹操は、さまざまに伝えられて来た孫子の兵法を比較し、黄老思想(伝説上の人物黄帝・老子の説いたとされる教え、後に道教に発展する)との関係の深さに着目し、正しい伝承を選び採り、洗練した文章に書き改め、13篇からなる『孫子』の本文を定めた。さらに自から注を付け、完成させたものが本書『魏武注孫子』(ぎぶちゅうそんし)である。
 本書はその全訳と解説である。さらに読者の便宜を図るために、訳者が『三国志』から選んだ孫子兵法の応用事例を20収録したものである。
 現存する『孫子』は、全てこの版に基づいている。曹操は一級の知識人としても後世に名を残したのである。

(道とは君主が)民たちを教令で導くことをいう。(本書14ページ)

 注は簡潔な文で書かれているが、そのなかにも曹操の考えが強く反映している箇所がある。
「始計篇」では、戦争を始めるにあたって自軍と敵軍の戦力を入念に分析する必要性を説き、着目すべき5つのポイントを挙げる。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第68回 正修止観章㉘

[3]「2. 広く解す」㉖

(9)十乗観法を明かす⑮

 ③不可思議境とは何か(13)

 (10)境の功能を明かす

 第六段の「境の功能を明かす」については、短い説明があるだけであるが、不思議の境に大きな働きのあることを次のように示している。

 此の不思議の境に、何れの法か収めざらん。此の境は智を発するに、何れの智か発せざらん。此の境に依って誓いを発し、乃至、法愛無し。何れの誓いか具せざらん。何れの行か満足せざらんや。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、598-599頁)

と。不思議境がすべての法を収め、すべての智を生じ、この境によって誓いを生じ、ないし法に対する愛著をなくすと説いている。誓いを生ずることは十乗観法の第二の「慈悲心を起こす」(真正菩提心を発す)に相当し、法に対する愛著をなくすことは十乗観法の第十に相当する。つまり、中略されているが、十乗観法の第二から第十までのすべてを含むというものである。さらに、すべての誓いを備え、すべての修行を備えると述べている。 続きを読む

芥川賞を読む 第45回 『ポトスライムの舟』津村記久子

文筆家
水上修一

ありふれた生活と人間に対する繊細で温かみのある目線

津村記久子(つむら・きくこ)著/第140回芥川賞受賞作(2008年下半期)

ありふれた日常から掬いだすもの

 津村記久子は、平成17年に「マンイーター」で太宰治賞を受賞して、その3年後に「ポトスライムの舟」で芥川賞を受賞。当時30歳。その後、川端康成文学賞、紫式部文学賞など多くの文学賞を受賞し、昨年は谷崎潤一郎賞を受賞するなど息長く活躍を続けている。選考委員の小川洋子が「津村さんはこれからどんどん書いてゆくだろう。それは間違いないことであるし、一番大事なことである」と述べた通りになった。
 受賞作の「ポトスライムの舟」の主人公は、大学卒業後に入社した会社をモラハラで辞めざるをえず、現在は契約社員として町の工場で働く29歳の女性。母と2人、古い民家で慎ましやかに暮らす。薄給生活のなかでひたすら生活のために働くのだが、その中で見つけた仕事のモチベーションとなったのがクルーズ船の世界一周旅行。その費用は163万円。それは、1年間、工場で働いて得る金額とちょうど同じ額。その額を貯めることを夢見ながら生活を切り詰めて暮らす日々。そこに、それぞれ異なる境遇の同級生3人との交流を織り込みながら描いていく。 続きを読む