『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第69回 正修止観章㉙

[3]「2. 広く解す」㉗

(9)十乗観法を明かす⑯

 ④慈悲心を起こす(2)

 次に、煩悩無数誓願断については、煩悩は実体的な存在をもたないことを知っているけれども、その実体的な存在をもたない煩悩を断ち切ることを誓い、煩悩には限度のない(無限、無量の意味)ことを知っているけれども、その限度のない煩悩を断ち切り、煩悩は実相と同一であると知っているけれども、その実相と同一である煩悩を断ち切ると説明している。衆生と煩悩について、それぞれ空、仮、中のあり方を踏まえて三重に説明しているようである。
 このような衆生を救うこと、煩悩を断ち切ることにも、周到な注意、つまり空、仮、中に配慮したあり方が要請されるのである。 続きを読む

本の楽園 第199回 辺境のラッパーたち

作家
村上政彦

 20世紀の後半になって、アメリカでヒップホップというストリート文化が誕生した。「DJ、ラップ・ミュージック、グラフィティ・アート、ブレイクダンス」をいう。黒人奴隷たちの労働歌や霊歌がジャズへ進化したように、ヒップホップも貧しい黒人たちのあいだから始まった。
 伝説によると、クール・ハークが、1973年8月11日に妹の誕生パーティーで、ターンテーブルを使って、レコードをリミックスし、ブレイクビーツを響かせたのが起源らしい。
 もともとジャズと同じようにマイノリティによる、なけなしの自己表現だった。貧しいもの、持たざるもの、社会のなかで阻害されているものたちの表現は、工夫に満ちていて、身ひとつあれば誰もができる。ヒップホップは、いまや世界で広く、共有される文化となった。

 小説家の僕からしてみると、言葉を使うラップがいちばん身近だ。ただし、ステージでやったことはない。少年のころは、ロックバンドのボーカルだったり、フォークデュオを組んだりしていて、人前で音楽をやっていたから、もっと若ければラップもありだったかもしれない。
 ラップは誕生の在り方からして、反抗の匂いがする。貧しい黒人たちが集まって、どうだとばかりにターンテーブルを回し、貶められた彼らの境遇を巧みなリリックで訴える。かなりまえからこれは新しい抵抗詩だとおもっていた。 続きを読む

文系の学びを地域貢献につなげる~「ベートーヴェン学生選書」の挑戦~

創価大学文学部教授
伊藤貴雄

 現在、ベートーヴェンの交響曲第9番の初演200周年を記念し、「くまざわ書店」八王子店5階フロアにて、ベートーヴェンに関連する書籍を扱う「学生選書」を開催している(12月末まで開催予定)。
 作品や生涯を扱った最新の研究だけでなく、子供向けの入門書、ベートーヴェンが生きた時代や社会を知るための本、さらに彼の芸術と人生が現代に与える示唆を考える本を揃えた。計33点のブックフェアである。
 本稿ではこの企画の背景と、アピールポイントをお伝えしたい。

サービス・ラーニング(貢献型学習)の試み

 この企画は、筆者が2024年度春学期に創価大学文学部で担当した科目「哲学・思想特講A」の受講者が、サービス・ラーニングの一環として、文系の学びを活かした地域活性化に取り組んだものである。
 サービス・ラーニングとは、貢献(サービス)と学習(ラーニング)とを統合した学びであり、学習者と地域社会との連携を通して、双方に良き影響をもたらすことを意図している。 続きを読む

公明党、反転攻勢へ出発――「外側」の意見を大切に

ライター
松田 明

「政治とカネ」への公明支持層の怒り

 公明党は11月7日午後、全国県代表協議会を開催した。
 明2025年の夏には東京都議会議員選挙と参議院選挙が控えている。先の衆議院選挙で32議席から24議席へと大きく後退した公明党にとって、捲土重来を期す「反転攻勢」への出発の会合となった。

 衆院選で自民・公明は過半数割れまで議席を減らし、少数与党となった。ただ、選挙直後の11月2日~3日にFNNが実施した世論調査では、石破政権の継続について「続投してよい」が55.3%で「交代するべき」の36.5%を上回った。
 有権者の多くは、とりあえず自公を過半数割れとしたうえで、なお石破政権の継続を容認したかたちだ。
 この調査では、政権に対する公明支持層の厳しい目も浮き彫りになった。

内閣支持率を自公の支持政党別に見ると、石破政権を「支持する」という答えについて「自民支持層」79.8%、「公明支持層」59.5%となった。(「FNNプライムオンライン」11月8日

 選挙直後の数字であることに留意が必要だが、「政治とカネ」をめぐる政権の対応について、公明支持層の強い反発があったことがうかがえる。 続きを読む

書評『魏武注孫子』――〝乱世の奸雄〟と学ぶ戦略の極意

ライター
小林芳雄

時代の転換点を生み出した強烈な才能

 中国の歴史小説『三国志』は日本でも多くの愛読者を持つ。登場する英雄のなかでひときわ異彩を放つ人物のひとりが曹操である。小説の曹操は軍事や謀略に長けた乱世の奸雄として描かれる。しかし史実によれば、文学や学術の分野での才能にも長けた多才な人物であった。
 曹操は、さまざまに伝えられて来た孫子の兵法を比較し、黄老思想(伝説上の人物黄帝・老子の説いたとされる教え、後に道教に発展する)との関係の深さに着目し、正しい伝承を選び採り、洗練した文章に書き改め、13篇からなる『孫子』の本文を定めた。さらに自から注を付け、完成させたものが本書『魏武注孫子』(ぎぶちゅうそんし)である。
 本書はその全訳と解説である。さらに読者の便宜を図るために、訳者が『三国志』から選んだ孫子兵法の応用事例を20収録したものである。
 現存する『孫子』は、全てこの版に基づいている。曹操は一級の知識人としても後世に名を残したのである。

(道とは君主が)民たちを教令で導くことをいう。(本書14ページ)

 注は簡潔な文で書かれているが、そのなかにも曹操の考えが強く反映している箇所がある。
「始計篇」では、戦争を始めるにあたって自軍と敵軍の戦力を入念に分析する必要性を説き、着目すべき5つのポイントを挙げる。 続きを読む