芥川賞を読む 第13回 『おどるでく』室井光広

文筆家
水上修一

読み進めるのが難儀な前衛的作品

室井光広(むろい・みつひろ)著/第111回芥川賞受賞作(1994年上半期)

日本語をロシア文字で表音化した日記

 第111回の芥川賞はW受賞だった。前回取り上げた笙野頼子の「タイムスリップ・コンビナート」と、今回取り上げる室井光広の「おどるでく」だ。『群像』(1994年4号)に掲載された作品で、枚数は約119枚。受賞時の年齢は39歳。
 この作品を語る上では、作者の経歴を知っておいた方ほうがいい。1955年に福島県南会津郡で生まれ、慶応大学卒業後に大学図書館に勤務。予備校講師などを経て創作を開始しているが、当初その才覚を発揮したのは小説ではなく評論だった。1985年には、群像新人文学賞と早稲田文学新人賞のいずれも評論部門で候補となっており、1988年には、「零の力――J.L.ボルヘスをめぐる断章」で、群像新人文学賞「評論部門」を受賞。そして、その12年後に芥川賞受賞を果たしている。
「おどるでく」は、とにかくわかりづらい。最後まで読み進むのに難儀した。これはわたしがアホだからかとも思ったが、他のさまざまな媒体のレビューを見ても、みなさん相当読むのに苦労している様子が伺える。 続きを読む

2021年「永田町の通信簿」①――信頼失った立憲民主党

ライター
松田 明

新体制でも冷ややかな有権者

 47歳の新代表が選出され、新執行部で船出したものの、立憲民主党への国民の期待は冷めきったままだ。
 時事通信社が12月10~13日に実施した世論調査では、立憲民主党の新執行部に期待するかという問いに「期待しない」が46.6%。「期待する」の23.3%をダブルスコアで上回った。
 朝日新聞社が12月18~19日におこなった調査でも傾向は同じ。これからの立憲民主党に「期待する」は40%で、「期待しない」は43%にのぼった。
 2012年暮れに政権交代して以来、与党への逆風はいくつもあった。
 とくに安倍政権の末期には、政権のおごりというべき不祥事や、公文書の改ざんや廃棄など、民主主義の根幹にかかわるような問題が露見した。
 さらにこの2年は新型コロナウイルスのパンデミックという未曽有の国難のなかで、政権与党は常に人々の不満や批判の矛先を向けられる立場だった。 続きを読む

書評『法華衆の芸術』――新しい視点で読み解く日本美術

ライター
本房 歩

西洋に影響を与えた日本の美

 幕末から明治初期の頃、ヨーロッパで「ジャポニズム」が開花したことは広く知られている。1867年のパリ万博を契機に、ヨーロッパの人々は日本の美意識に出あい、それは瞬く間に芸術家たちから庶民のあいだにまで熱狂的に歓迎された。
 本書のなかでも触れられているが、背景のひとつに「写真」の普及があった。何かを記録するだけなら、絵画より写真のほうが精巧だ。絵画には写真とは異なる新しい価値が求められていた。
 そこに、「浮世絵」がもたらされる。それは、画題はもちろん、遠近法や陰影のつけ方など、ルネサンス以来の伝統的な西洋絵画とはまったく異なる美の表現をもっていた。
 エドガー・ドガ、クロード・モネなど印象派の画家たちをはじめ、浮世絵に大きな影響を受けた芸術家は枚挙にいとまがない。モネは自邸の庭に睡蓮の池をつくり、そこに日本風の太鼓橋を架けた。モネを敬愛していたファン・ゴッホは浮世絵のコレクターであり、彼の部屋は浮世絵で埋め尽くされていたと伝えられている。 続きを読む

シリーズ:東日本大震災10年「防災・減災社会」構築への視点 第8回 人新世と東北復興のカタチ① 巨大防潮堤の〝罪〟

フリーライター
峠 淳次

はじめに~完新世から人新世へ~

 オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンが、地質学的見地から「人新世(ひとしんせい)」という概念を提起したのは、今世紀初頭のことだった。最終氷期後、今に至るまで1万1700年にわたって続いてきた温和で安定的な「完新世(かんしんせい)」が終わり、「人間活動が地球に及ぼす影響が自然の諸力に匹敵するほどにまで高まり、地球的条件そのものを変えてしまう」(篠原雅武「人新世の哲学」=ちくま新書『世界哲学史1』収録)という未知の地質時代への突入である。
 実際、私たちの惑星は、近代以降の人類の圧倒的な経済活動に伴う二酸化炭素の大量排出やプラスチック、コンクリートなどの人工物の過剰蓄積によって大きく改変され、温暖化、異常気象、海面上昇、さらには大規模自然災害の多発や生態系の破壊的変化などに喘(あえ)いでいる。人新世の学説が今や自然科学の枠を越えて人文・社会科学の分野にまで広がり、それぞれの立場から「自然との共存・共生」が訴えられているゆえんである。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第124回 あなたのイドコロ

作家
村上政彦

 居場所がない。家庭、職場、学校など、どこにいても落ち着かない。心の安らぐところがない――そういう人が増えている気がする。新型コロナウイルスのせいばかりではない。居場所がない感じは、それまでからもあった。
『イドコロをつくる』の著者は、「自分が居心地よく精神を回復させる場」をイドコロと呼んでいる。イドコロは僕が考える居場所に近い。そこにいれば、鎧をすべて脱ぎ捨てて無防備でいることができる。身体の疲れを癒せて、心の凝りもほぐれる。充電できる。 続きを読む