平凡な日常生活のなかにある〝張りつめたもの〟
保坂和志(ほさか・かずし)著/第113回芥川賞受賞作(1995年上半期)
物語展開の少ない平凡さ
第112回の芥川賞は、漫画家の内田春菊の「キオミ」などが候補作としてあがり注目を集めたが、結局受賞作はなし。次の第113回の芥川賞は、保坂和志の「この人の閾(いき)」が受賞した。1995年3月号の『新潮』に掲載された推定枚数93枚の作品だ。保坂は、この時すでに野間文芸新人賞(1993年)を受賞し、三島由紀夫賞も二度候補になっていた実力者だったわけで、そういう意味では満を持しての芥川賞受賞である。
保坂の作風は、ドラマティックな物語展開のない、どこにでもある平凡な日常を語るところにあるが、「この人の閾」もまさにそうだった。事件らしきものもなければ、特筆すべき物語展開も起きない。 続きを読む