芥川賞を読む 第14回 『この人の閾(いき)』 保坂和志

文筆家
水上修一

平凡な日常生活のなかにある〝張りつめたもの〟

保坂和志(ほさか・かずし)著/第113回芥川賞受賞作(1995年上半期)

物語展開の少ない平凡さ

 第112回の芥川賞は、漫画家の内田春菊の「キオミ」などが候補作としてあがり注目を集めたが、結局受賞作はなし。次の第113回の芥川賞は、保坂和志の「この人の閾(いき)」が受賞した。1995年3月号の『新潮』に掲載された推定枚数93枚の作品だ。保坂は、この時すでに野間文芸新人賞(1993年)を受賞し、三島由紀夫賞も二度候補になっていた実力者だったわけで、そういう意味では満を持しての芥川賞受賞である。
 保坂の作風は、ドラマティックな物語展開のない、どこにでもある平凡な日常を語るところにあるが、「この人の閾」もまさにそうだった。事件らしきものもなければ、特筆すべき物語展開も起きない。 続きを読む

第47回「SGI提言」を読む(下)――核廃絶こそ人類の宿命転換

ライター
青山樹人

気候変動へ日中の連帯を

 今回の提言で、池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長は、未来世代のため早期に解決すべき課題について3つの提案をおこなっている。
 第1の課題は気候変動問題の解決。
 昨年のCOP26(国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議)では、外交的には対立が深刻化している米国と中国が、2030年に向けた相互の協力を約束した。
 SGI会長は、日本がこれにならって中国と同様の合意を図ることを提案している。
 本年は1972年の日中国交正常化から50年の節目。じつは日中間では環境問題ですでに長年協力を重ねてきた実績がある。 続きを読む

第47回「SGI提言」を読む(上)――コロナ禍からの再建の焦点

ライター
青山樹人

通算40回目となった提言

 51カ国の創価学会の代表がグアムに集ってSGI(創価学会インタナショナル)が結成されたのは1975年1月26日。この日はのちに「SGIの日」と定められた。
 以来、SGIは仏法の生命尊厳の理念を基盤とする地球市民のネットワークとして発展し、今やこの「創価の連帯」は192カ国・地域に広がっている。
 冷戦下で第2回国連軍縮特別総会が開催された翌年(1983年)の1月26日、池田大作SGI会長は「平和と軍縮への新たな提言」と題する記念提言を発表した。
 以来、毎年の「SGIの日」に合わせて出されてきた記念提言では、核廃絶、環境、人道、教育、防災など人類共通の重要な課題がとりあげられてきた。
 そこに一貫しているのは常に具体的な方途の提案であり、市民社会とりわけ青年や女性の持つ力をエンパワーメントして国連を中心とした議論の場にはたらきかけ、民衆の意思と英知を可視化して人類の未来を切り開こうとするSGI会長の信念だ。 続きを読む

負の遺産に翻弄される立憲民主党――新執行部を悩ます内憂

ライター
松田 明

すでに影響力持つ共産党

 泉健太代表率いる〝新生〟立憲民主党だが、あいかわらず有権者からの支持や期待が伸びない。それどころか旧執行部時代の「負の遺産」ともいうべきものに今なお翻弄され気味だ。
 昨年(2021年)10月31日におこなわれた衆議院選挙で、立憲民主党は日本共産党との「限定的な閣外協力」まで党首間で合意して共闘したが、大きく議席を減らし執行部が退陣する結果となった。
 日本維新の会や国民民主党が議席を伸ばしたなかで立憲民主党と日本共産党だけが議席を減らした。連合の芳野会長は、「連合の組合員の票が行き場を失った。到底受け入れられない」と厳しく批判している。
 11月9日に両院議員総会を開いた立憲民主党は、敗因の分析を約束した。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第127回 弱さの思想

作家
村上政彦

『弱さの思想』は、高橋源一郎と辻信一の対談で進められる「思索ノート」ともいうべき本だ。僕は、30年以上に亘って小説を書いているが、デビュー前を含めて、「あ、やられた」と思った作家が何人かいる。
 そのひとりが高橋源一郎だ。彼のデビュー作、『さよなら、ギャングたち』を読んで、作中に挿入された少女漫画のページを眺め、「あ、やられた」と思った。こんな小説を書きたいと、僕自身も考えていたのだ。それ以来、高橋の仕事には注目している。
 辻信一は、恥ずかしながら最近になって知った。文化人類学者である。彼の考えを吟味して、これからの世界を創っていくのに必要な人物だと思った(辻さん、偉そうな言い方で失礼します)。そのふたりによる対談(正式には大学の共同研究)なので、読まないわけにはいかない。
 対談なので、難しくない。すぐれた文学者と研究者が立ち話しているのを傍で聴いているような易しさがある。気楽でもある。それに、なんといってもおもしろい。 続きを読む