ノーベル委員会の意図
2024年の「ノーベル平和賞」を受賞した日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)。日本時間の12月10日夜にノルウェーの首都オスロ市役所でおこなわれた授賞式では、代表委員の田中熙巳さんが受賞の演説に立った。
田中さんは13歳のとき、長崎市内の爆心地から3キロほどの自宅で被爆した。
一発の原子爆弾は私の身内5人を無残な姿に変え一挙に命を奪いました。その時目にした人々の死にざまは、人間の死とはとても言えないありさまでした。誰からの手当ても受けることなく苦しんでいる人々が何十人何百人といました。たとえ戦争といえどもこんな殺し方、こんな傷つけ方をしてはいけないと、私はそのとき、強く感じたものであります。(田中さんの演説から「NHK NEWSWEB」)
約20分におよぶ演説が終わると、聴衆は立ち上がって拍手を送った。各国から集まったメディアの数も例年にない多さで、世界からの関心の高さを示した。
授賞式に合わせて、現地ではさまざまなイベントも開催された。日本から派遣された4人の「高校生平和大使」も、オスロ市内などで高校生や大学生らと交流。授賞式にも参列した。
高校生平和大使は、インドとパキスタンが相次いで核実験を実施した1998年に、長崎市が2人の高校生を国連本部に派遣したのが始まり。全国から公募され、これまで高校生平和大使を経験した人は250人を超えている。 続きを読む →