書評『よみがえる戦略的思考』――希代のインテリジェンス・オフィサーからの警告

ライター
小林芳雄

「価値の体系」「利益の体系」「力の体系」

 昨年(2022年)、コロナウイルスによるパンデミックが収束していない状況下で、ロシアによるウクライナへの侵攻は世界の人々を震撼させた。その影響は広範囲に及び、エネルギーや食糧の供給が危ぶまれるなど複合的な危機を生み出している。勃発から一年がたち終戦の気配すらなく、長期戦の様相すら呈している。こうした危機の原因はどこあるのか、どうすればこの状況から抜け出すことができるのだろうか。本書は元外務省主任分析官でロシア情勢に通暁したインテリジェンス・オフィサー、作家の佐藤優氏による優れたウクライナ危機の分析書である。 続きを読む

厳しさ増す安全保障環境と、日米韓の戦略的連携強化の必要性

ライター
米山哲郎

韓国・尹大統領と公明党・山口代表との会談を報じる公明新聞(1月4日付)

2023年における日本外交の責任

 2023年における、国際社会における日本の責任は極めて重い。G7議長国として5月に広島サミットを主催する。今年から2年間、国連安保理非常任理事国を務め、1月は議長国でもある。世界の平和と安定のため積極的に貢献する立場(※1)となった。
 世界を見れば、ロシアが核兵器の使用可能性を示唆したり、北朝鮮の核兵器開発も進むなど懸念は大きい。安保理での中国やロシアとの交渉は並大抵のことではないだろうが、唯一の被爆国として国際社会の平和と安全の維持のために大きな力を発揮してもらいたい。
 岸田首相は1月5日、政府与党連絡会議で、

我々の平和への強い意志を、歴史に残る形で世界に示したい

と力強く決意を述べた。そして1月9日からはフランス、イタリア、英国、カナダ、米国を相次ぎ歴訪、各国首脳と会談した。
 米国のバイデン大統領とは1月13日にワシントンで日米首脳会談。2022年年末に、日本は防衛力の抜本的強化を図る方針を決定してから初の首脳会談であり、ここでは日米同盟の一層の強化と自由で開かれたインド太平洋に向けた更に踏み込んだ緊密な連携を図ることを確認しあった。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第1回『摩訶止観』の特徴(1)

[1]はじめに

 私は今、第三文明選書に『摩訶止観』の訳注を刊行中である。この「WEB第三文明」に、『摩訶止観』の全体像を解明する文章を連載する機会を与えられたので、読者の皆様にはしばらくの間、お付き合い願いたい。
 私はこれまで中国仏教の研究をしてきた。時代的には、主に南北朝・隋の時代の仏教思想が研究対象である。中国の南北朝時代は、北魏(386-534)・東魏(534-550)・西魏(534-556)・北斉(550-577)・北周(557-581)の北朝と、宋(420-479)・斉(479-502)・梁(502-557)・陳(557-589)の南朝が拮抗対立した時代を指す。この南北の対立を統一したのが隋(581-618)である。南北の統一を果たした割には、隋は短命で、それに取って代わったのが長期政権を保持した唐(618-907)である。
 日本では、隋唐仏教が中国仏教史の黄金期であるとよくいわれるが、これは日本の仏教各宗派の多くがこの時代の中国で成立したことによるものだと思われる。私の主な研究は、南北朝・隋代の大乗経典の注釈書を研究することであったが、なかでも最も力を入れて研究したものが『法華経』の注釈書にほかならない。 続きを読む

書評『科学と宗教の未来』――科学と宗教は「平和と幸福」にどう寄与し得るか

ライター
本房 歩

生命と意識、宗教は三位一体

 2人の著名な科学者による話題の「サイエンス対談」である。
 茂木健一郎は、クオリアを研究テーマとする脳科学者にして、作家、ブロードキャスター、コメディアンと多彩な顔を持つ。
 対する長沼毅は、広島大学教授をつとめる辺境生物学者。じつはこの「辺境生物学者」というのは長沼がユーモアを交えて自称する造語らしい。というのも、長沼がこれまで研究対象としてきたのは、深海底や地底、北極、南極、砂漠、火山といった極限状態としての〝辺境〟に生息する微生物などだったからだ。その採取・研究のためには、もちろん本人がそうした〝辺境〟に足を運ばなくてはならない。
 2006年に『日経サイエンス』誌上の対談で長沼に出会った茂木は、映画になぞらえて「科学界のインディー・ジョーンズ」と命名した。長沼は茂木がキャスターをつとめていたNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも出演するなど、2人は互いに「親友」と呼ぶほど信頼関係を深めてきた。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第145回 生きるための現代思想入門

作家
村上政彦

 まだ小説家としてデビューする前、習作を書くのに考えたことがあった。それは、いま僕らが生きているのは、どのような時代か、また、どのような世界か、ということだ。それを知らないでは、切れば血の出るような小説(中上健次がよくいった言葉です)は書けない。
 僕がやったことは、片っ端からそれが分かるような本を読み漁ることだった。そして、英語もろくにできないのに、ニューヨークタイムズのブックレビューを注文し、フランス語なんてアベセぐらいしかできないのに、ル・モンドを買った。
 そうした読書のひとつにフランスから輸入された現代思想があった。ジャック・デリダ、ジル・ドゥルーズ、ミシェル・フーコーなどが、次々に翻訳され、僕はそれを手に取った。すべてが新鮮だった。しかし難解だった。僕がどれほど理解できていたか、怪しいものだ。
 千葉雅也の『現代思想入門』を読んで、なるほど、哲学のプロはそのように読むのか、と得心した一方、あれほど難解だとおもっていた現代思想を生きるために活用するという態度に共感した。 続きを読む