書評『スマホ・デトックスの時代』――健全なデジタル文明への方途を探る

ライター
小林芳雄

スマートフォンに閉じ込められた「金魚」

 スマホを巡る問題を扱った書籍は数多く出版されている。医学的視点から書かれたものが多い中、本書『スマホ・デトックスの時代』はそうした見地を踏まえた上で、IT企業の収益システムや社会的な問題をも視野に入れて議論を展開している。
 冒頭で紹介されるIT企業幹部が行うプレゼンテーションの内容は衝撃的だ。金魚は金魚鉢のなかを飽きることなく泳ぎ回る。記憶力と集中力がごくわずかしか持続しないため、つねに新しい場所を泳いでいると勘違いしているからだ。某IT企業はデジタル技術を駆使した研究によって、金魚の集中力が持続する時間をつきとめた。その時間はわずかに8秒未満。8秒を過ぎるとすぐに精神がリセットされるのだという。
 さらに、同社は生まれた時からスマホなどのデジタル機器に取り囲まれて育ったミレニアム世代の注意持続時間の算定にも成功した。その時間は金魚よりわずかに1秒長い9秒だ。9秒を過ぎると彼らの脳の働きが低下するので、新たに刺激的な通知や広告を提供する必要がある。そのために同社は、これまで収集した個人データを活用して、彼らの関心を呼び起こそうとしているのだという。 続きを読む

わたしたちはここにいる:LGBTのコモン・センス 第5回 社会の障壁を超える旅:ゆっくり急ぐ

山形大学准教授
池田弘乃

 日本では、あまりにも概念だけが独り歩きをする。概念は簡単に流行語のようになって、「セクシュアリティーだ」ということになったら、それはもうただ「セクシュアリティー」で、それだけがナダレのように押し寄せて来る。押し寄せて迫って来て、そしてそれは流行だから、時がたてば忘れられてしまう。だったら、そんな概念にはなんの意味もないと、私は思う。はやりすたりのある“概念”なんかよりも、「常にある“なんだか分からないもの”」という留保の方が、私にはとっても重要のように思われる。(橋本治『ぬえの名前』、岩波書店、1993年、294頁)

二分法をトランスする

 生まれたときに登録された性別とは異なる性別を、生きる人、生きようとする人、表現する人。そのことをトランスジェンダーという言葉で表現することがある。前回は、たくやさんという友人にトランスの経験を聞きに行ったのだった。今回も、私はもう一人大事な友人に会いに行くことにした。トランスに関わる話にまた別の角度からじっくりと耳を傾けてみたいと思ったのである。
 もちろん、10人のトランスジェンダーがいれば、10人の(あるいはそれ以上の[※1])異なった人生が浮かび上がってくるにちがいない。とはいっても、それらはおそらく全く個々別々のものということもなく、重なり合う部分も持つだろう。現在の社会が女性集団と男性集団について様々な格差[※2]や不平等を含み持っており、女性らしさと男性らしさが一人一人の生き方にいまだ大きな影響を及ぼすことも多い以上、トランスの経験も、登録された出発点が女性か男性か、移行の方向性が男性か女性か、あるいはそれ以外かによって左右される部分も大きい。 続きを読む

日韓関係の早急な改善へ――山口代表が尹大統領と会談

ライター
松田 明

 年末年始の喧騒の中、外交面で一つの重要な出来事があった。連立与党の山口那津男代表ら公明党訪韓団が12月29日から31日、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領ら韓国政府要人らと会談したことだ。
 前政権である文在寅(ムンジェイン)政権時代、日韓の関係は戦後最悪とまで言われるほど冷え込んだ。もっとも関係悪化は主に政治的なもので、それも韓国の国内政治事情に起因するものだった。
 若い世代を中心に日韓相互の関心は深まっており、韓国では太宰治全集など日本文学の翻訳も次々に刊行されている。両国間の往来は2018年には約1000万人に達した。
 2016年の熊本地震の際は、韓国空軍機2機が熊本に救援物資を届けた。コロナ禍で航空便が途絶えた2020年5月、白血病で緊急帰国が必要になったインド在住の韓国人女児のため、デリーの日本大使館は日本人帰国用の臨時便の席を空け、成田経由で韓国に帰国できるようビザを発給した。 続きを読む

池田SGI会長の緊急提言――ウクライナ危機と核問題

ライター
青山樹人

3年ぶりに行われた国連総会、一般討論演説(2022年9月)

5カ国共同声明から1年の節目

 創価学会インタナショナル(SGI)の池田大作会長が、『平和の回復へ歴史創造力の結集を』と題してウクライナ危機と核問題に関する緊急提言を発表した。
 提言は1月11日の聖教新聞に全文掲載されたほか、前日夜には読売新聞や日本経済新聞の電子版が「速報」を流した。
 池田会長は昨年(2022年)8月に国連本部で「NPT(核兵器不拡散条約)運用検討会議」が開催された際にも、「核兵器の先制不使用」の誓約などに関する緊急提言を発表している。
 ロシアによるウクライナ侵攻はまもなく1年を迎えようとしている。双方で甚大な犠牲者を出しながら戦況は膠着し、ロシアのプーチン大統領は核兵器の存在に言及する恫喝を繰り返している。
 さらに食料やエネルギーの供給不足と価格の高騰は世界の広い地域に波及し、コロナ禍での疲弊に追い打ちをかけるかたちで多くの国々が深刻な打撃を受けている。庶民、とりわけ社会的に弱い立場にある人々が、文字どおりの生存の危機に立たされているのだ。 続きを読む

沖縄伝統空手のいま 特別番外編① 上地流「拳聖 新城清優」顕彰碑・除幕式

ジャーナリスト
柳原滋雄

最晩年の上地完文を支えた新城一家

 現在、沖縄空手の三大流派に数えられる上地流は、中国武術の影響を強く受ける沖縄空手でも新しい流派の一つだ。上地完文(うえち・かんぶん 1877―1948)が中国福建省で学んだ武術を沖縄に持ち帰ったのがその発祥である。
 上地完文は32歳で帰琉後、ある事情から習得した武術をすぐに教えることはなかった。親しい人たちに教え始めたのは出稼ぎで工場勤務していた和歌山時代の1926年、49歳のときからだ。
 同じ沖縄出身の同僚たちの強い要請により、秘かに稽古を開始したのが始まりである。正式に「上地流」の流派を名乗るのは1940年。和歌山時代の高弟には、友寄隆優、上原三郎、赤嶺嘉栄、伊江島出身の新城清良(しんじょう・せいりょう 1908-76)などがいた。
 この時期、10歳で完文のもとに入門した少年がいた。新城清良の長男・清優(しんじょう・せいゆう 1929-81)だ。父の清良は胸を患い空手は3年くらいしか続けられなかったため、その夢を息子に託す形となった。当時、入門するには2人の保証人を立てることが必要とされる時代だったという。 続きを読む