連載エッセー「本の楽園」 第151回 百閒の『御馳走帖』

作家
村上政彦

 内田百閒は、夏目漱石の弟子筋の作家だ。漱石の弟子というと、まず、芥川龍之介の名が挙がるが、百閒にはコアなファンがいる。僕もそのうちのひとりである。小説や紀行もおもしろいが、僕にとって『御馳走帖』は、頭ひとつぬけておもしろい。
 理由は、僕が食べることが好き(グルメとはいわない)だからだが、この随筆には、単においしい料理が並んでいるだけではない。どのような時世に、誰とテーブルを囲んだか――そういうところまで、微細に書かれているので、食を通じて社会の動静や作家の生活が分かる。
 冒頭の「序にかえて」は、昭和二十年七月の日記の抄録だ。たとえば――

七月三十日 月曜日 二十二日ノ朝以来ズット御飯ノ顔ヲ見ズ

 敗戦直前の物資が不足している時期なので、団子にする配給の粉もなくなり、あとには澱粉米と大豆が少しあるばかり。何とか食料を工面しなくてはとおもっていたら、近所の家の子供が誕生日とかで、細君が赤飯のお裾分けをもらってきた。赤飯といっても、小豆がないので、紅の色をつけただけの赤飯。しかし、なんといっても米には変わりない。 続きを読む

書評『生き直す 免田栄という軌跡』

ジャーナリスト
柳原滋雄

死刑台から生還した免田栄に関する記録

 刑事裁判でいったん死刑判決が確定した死刑囚が、その後再審申請が認められて無罪となって帰還したケースは本書で取り上げられた免田栄(めんだ・さかえ 1925-2020)を筆頭に4人いる。いずれも1975年の「白鳥決定」を受けて、83年の「免田事件」、84年の「財田川事件」「松山事件」、89年の「島田事件」の各死刑囚の無罪判決が再審法廷で確定したことによる。
 その後、日本の刑事司法は反動の流れに向かい、5件目はなかなか生まれなかった。ところがここに来て袴田巌(はかまた・いわお 1936-)死刑囚の再審請求が東京高裁で認められ、東京高検が最高裁に特別抗告を行わなかったため、ことし中に再審の審理が始まる予定となった。30数年ぶりの5例目の無罪ケースとなることが予想され、再審のあり方が再び脚光を集めている。日本の司法界に一筋の光がさしたかのようだ。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第9回 発大心(3)

[4]四弘誓願

 『摩訶止観』における四弘誓願(しぐぜいがん)の名称は、「顕是(けんぜ)」の箇所に出るのではなく、十乗観法の第二「起慈悲心」(あるいは発真正菩提心)の箇所に、「衆生無辺誓願度、煩悩無数誓願断」(大正46、56上11~12)、「法門無量誓願知、無上仏道誓願成」(同前、56上29)と出る。 続きを読む

共産の惨敗が際立つ統一前半戦――牙城の京都でも落選相次ぐ

ライター
松田 明

前回に続き「野党統一候補」が落選

 4月9日、統一地方選挙の前半戦が終わった。
 投票箱が閉まった午後8時、北海道や神奈川、福井、大阪、鳥取、島根などで、早々と現職知事の再選が確定した。
 このうち唯一、与野党が全面対決する構図となって注目されたのが北海道知事選。現職の鈴木直道氏(無所属)を自民、公明、新党大地が推薦し、元立憲民主党衆議院議員の池田真紀氏を立憲が推薦、共産、国民、社民、市民ネットが支持した。
 北海道は全国でも野党勢力が強かった地域だ。結果は鈴木氏が169万2436票。池田氏の47万9678票の3倍をはるかに上回る大差で圧勝した。立憲民主党は前回に続いて「野党統一」候補で敗北した。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第150回 庭という楽園

作家
村上政彦

 一言いわせてください。僕は本書『derek jarmann`s garden』を探していたら、アマゾンで1900円の新品を見つけた。そこでカートに入れて、ほかの本といっしょに買うつもりでいたら、それが残りの一冊だったのか、あっという間に、この本は入手できません、というコメントが現われた。
 どうしても欲しい本だったので、ずっと探し続けていたら、ある日、古書が売りに出されたのだが、7000円超! しかし僕は迷わずにポチッた。
 実は、かつてジャン・ジュネの『恋する虜』を買おうとしたら、古書で8000円ほどの値がついていて気おくれした。そこで版元に問い合わせたら、近々、増刷する予定で、その半値で買えるという。僕は、新品を安く手に入れた。
 だから、このときも、同じようにならないかとおもったのだが、最初に買いはぐれてしまったので、我慢ができなかった。そうです。僕は、とてもせっかちな人間である。
 さて、デレク・ジャーマンは、イギリス出身で、映像作家、画家、舞台美術家として活躍した。1986年にHIVの感染が判明し、1994年にエイズで亡くなっている。
 本書は、1986年からデレクが、イギリス・ケント州・ダンジェネスの原子力発現所に面した土地で造りはじめた庭の様子が、彼の言葉と友人の写真家ハワード・スーリーが撮った写真によって記録されている。 続きを読む