内田百閒は、夏目漱石の弟子筋の作家だ。漱石の弟子というと、まず、芥川龍之介の名が挙がるが、百閒にはコアなファンがいる。僕もそのうちのひとりである。小説や紀行もおもしろいが、僕にとって『御馳走帖』は、頭ひとつぬけておもしろい。
理由は、僕が食べることが好き(グルメとはいわない)だからだが、この随筆には、単においしい料理が並んでいるだけではない。どのような時世に、誰とテーブルを囲んだか――そういうところまで、微細に書かれているので、食を通じて社会の動静や作家の生活が分かる。
冒頭の「序にかえて」は、昭和二十年七月の日記の抄録だ。たとえば――
七月三十日 月曜日 二十二日ノ朝以来ズット御飯ノ顔ヲ見ズ
敗戦直前の物資が不足している時期なので、団子にする配給の粉もなくなり、あとには澱粉米と大豆が少しあるばかり。何とか食料を工面しなくてはとおもっていたら、近所の家の子供が誕生日とかで、細君が赤飯のお裾分けをもらってきた。赤飯といっても、小豆がないので、紅の色をつけただけの赤飯。しかし、なんといっても米には変わりない。 続きを読む