レームダック化した立憲執行部――野党第一党の〝終わりの始まり〟

ライター
松田 明

「150議席に達しなければ辞任」

 残念ながら立憲民主党の〝終わりの始まり〟が見えてきたような気がする。
 同党は政権交代を掲げながら日本共産党との「政権協力」まで踏み込んだことで、2021年の衆院選で大敗。党を立ち上げた枝野執行部が退陣するハメとなり、泉健太新代表になった。
 泉執行部は日本共産党との「政権協力」を白紙撤回。ところが2022年の参院選でも大敗する。2つの選挙の敗北で、党内には大量の〝浪人〟を抱え込んでしまった。
 すると秋の臨時国会からは日本維新の会と国会での共闘を開始。とはいえ、党首同士が互いを罵り合うなど、ことあるごとに子供じみた不協和音のほうが目についた。
 そして、2023年4月の衆参補選で立憲民主党は完敗。統一地方選挙も道府県議選で10議席増えたものの政令市議選と市区町村議選では5議席減。選挙が終わるや、蓮舫議員らから公然と執行部批判が巻き起こった。
 選挙が終わって17日も経った5月10日になってようやく両院議員懇談会を開催。会合では「厳しい意見」が出て2時間半以上にもわたって紛糾した。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第12回 修大行(1)

[1]四種三昧①

 前回までで第一章の大意の中の第一の発大心の説明が終わった。次に第二の修大行を説明する。
 ここでは、常坐、常行、半行半坐、非行非坐の四種三昧(※1)を説いている。これらの名称は、修行の際の身体の形態(身儀)に基づいたものであり、内容的には、順にそれぞれ一行三昧、仏立三昧、方等三昧・法華三昧、随自意三昧と呼ばれる。『摩訶止観』では、それぞれの三昧について、身の開・遮(許可と禁止)、口の説・黙(説法と沈黙)、意の止・観(止と観)という具体的な修行の方法を示し、さらに、修行を勧める段が設けられている。
 人間の行為全般を、仏教では行・住・坐・臥の四種に分けることがある。行は歩むこと、住は立ち止まること、坐は座ること、臥は横になることである。このなかで、四種三昧は、行と坐を選んでいる。坐は坐禅に相当する。行はたとえば仏像の周囲を歩むことを意味する。この坐と行を折衷したものが半行半坐であり、坐と行に限定されない、その他のあらゆる日常の行為が非行非坐と呼ばれる。この四種三昧は、現在も日本天台宗の一部では修行されており、それについての報告も読むことができる(※2)続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第153回 物語の楽しみ方

作家
村上政彦

 僕は10代の後半にフランスのヌーボーロマンの信奉者だった。どっぷりのめりこんで、アバンギャルドな習作をいくつか書いた。モデルになる小説は、それまで僕が読んできたどの小説とも違っていた。
 まず、手法の新しさが何よりの価値となっていた。起伏のある物語や練られた人物造形などというのは、化石のようにあつかわれた。僕もそうだった。しかし、あるとき、自分の書いているアバンギャルドな小説がつまらないとおもった。
 ちょうどガルシア・マルケスの『百年の孤独』を読んだ時期で、僕はこの小説にヌーボーロマンよりも新しさを感じた。とりわけヌーボーロマンは物語をきらった。それがマルケスの小説には物語があふれている。僕は物語が好きだ。物語が書きたかったのだ。
 そのころ小説の死が真剣に語られていた。僕は、小説は死ぬかもしれないが、物語は死なない、と確信した。それでアバンギャルドな小説を書くことをやめて、物語のある小説を書き始めた。作家デビューをしたのは、それから2年後だった。 続きを読む

書評『自己啓発の罠』――健全な技術と社会のあり方を考える

ライター
小林芳雄

孤立した「病的なナルシスト」を育てる

 近年、自己啓発が大ブームだ。どんなに小さな町の書店でも、その棚には自己啓発に関する書籍が必ず並んでいる。さらにインターネットが発達した現代ではソーシャルメディアを利用した広告も多く、目につくようになった。また転職サイトなどでは利用者がキャリア形成をするために自己啓発をすすめていることもあるようだ。さらには心身の健康に関する分野も人気が高い。
 著者はウィーン大学で教授を務める哲学者・倫理学者。本書『自己啓発の罠』では現代の自己啓発文化を多角的に議論し、その危険な側面を明らかにする。アメリカでは50億ドルともいわれる市場があり、多くの企業が社員の教育やメンタルケアのために取り入れている。その危険性はどこにあるのだろうか。

あまりにも自分を中心に考え、社会から孤立することは、心理学的に危険である。社会学の創説者の一人エミール・デュルケームは、そこから死に至る可能性(特に自殺)を指摘する。彼はこれを自己本位的(利己的)自殺と呼ぶ。(中略)むしろ彼は、社会的統合の欠如こそが問題であると主張した。自己啓発への私たちの強迫観念も、個人の問題というよりは主として社会の問題であって、社会レベルでの解決を要するのだ。(本書35ページ)

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書評『なぎさだより』――アタシは「負けじ組」の組員だよ

ライター
本房 歩

逗子の本屋の娘

 神奈川県逗子市。北西を鎌倉市に接し、南は御用邸で有名な葉山町に接している。
 相模湾に面してほぼ真横に一文字を描いてきた湘南の海岸線は、「鎌倉」の東側で5時の方向に折れて「逗子」「葉山」へと延び、三浦半島を形づくっていく。
 逗子の海辺はアルファベットの「C」を逆向きにしたようになっている。穏やかな割には風があり、ウインドサーフィンの聖地だ。晴れた日には正面に富士山が浮かぶ。
 著者は前回の東京オリンピックの年に鎌倉で生まれ、10歳からこれまでずっと逗子で暮らしてきた。実家は母親を店主に1959年から続く書店だった。
 浅草生まれで「粋と野暮」が口癖という母親のもと、海辺の町でのびのびと育ち、出版社勤務を経て95年にエッセイストとして独立した。 続きを読む