連載エッセー「本の楽園」 第159回 集中!

作家
村上政彦

 僕の朝の日課は、まず、家族と朝食をとることから始まる。それから犬の散歩。家のすぐ近くを流れる大きな川の土手を歩くので、朝日を浴びることができて気持ちがいい。9時半から昼までは小説の執筆と決めている。ところが――
 ところがである。この日課がたびたび乱れる。多くはパソコンやスマホのメールのチェック、デジタルで購読している新聞2紙の閲覧。メールのチェックは、手っ取り早くすませることができるが、ときとして熟考を要するものもある。
 新聞はざっと見出しだけ見るつもりが、気になる記事があると印刷してスクラップブックに入れるので、けっこう時間がかかる。はっと気がつくと、昼近くになっていることが少なくない。
 これではいけない。僕は小説家なのだから、小説を書く時間をおろそかにしてはいけない、と思いつつ、つい、やらかしてしまう。そんなとき眼についたのが、『24 TWENTY FOUR 今日1日に集中する力』である。
 タイトル買いしてしまった。集中したいから。なかなか集中できないから。ページを開くと、冒頭に、「24時間をもっとも有効に使う方法は世界中の叡智により、すでに明らかになっています」とある。なに、なに? 教えて! 続きを読む

芥川賞を読む 第29回『中陰の花』玄侑宗久

文筆家
水上修一

文学に昇華された、僧侶が描くこの世とあの世のはざまの世界

玄侑宗久(げんゆう・そうきゅう)著/第125回芥川賞受賞作(2001年上半期)

ほぼ満場一致での受賞

 第125回芥川賞は、選考委員の石原慎太郎が「今回は全体に候補作の水準が高く、選考委員の間にさしたる異論もなしに受賞作が決まった」と言うように、スムーズに決まったようだ。かなり珍しい。選考委員の河野多惠子が選考会の様子を選評の中でかなり詳しく記していて、それによると3回の投票を通して玄侑宗久の「中陰の花」と長嶋有の「サイドカーに犬」の2作に絞り込まれ、最終的には「中陰の花」が満票で受賞を決めたようだ。
「中陰の花」の受賞に対して異論がほとんど出なかったのは、安定した文章と欠陥の少ない構成と読み物として素直におもしろいということが挙げられるだろう。 続きを読む

通常国会で成立した「日本語教育機関認定法」と多文化主義への道

ライター
米山哲郎

在留外国人は過去最多の307万人

 通常国会の会期末まで1カ月を切った2023年5月26日、参議院で「日本語教育機関認定法」という法律が可決・成立した。この法案は、マスコミでもほとんど取り上げられていないため、法律の中身について知らない人は多いと思う。しかし、実は大事な法律である。
 内容は、主に2つの柱でできている。1つは、一定の要件を満たす日本語教育機関を文部科学大臣が認定する。2つ目は、同機関で日本語を教えることができる者の国家資格「登録日本語教員」を創設する、というものだ。
 2019年6月に、国会で「日本語教育推進法」が可決・成立。法の基本理念では、日本語学習を目指す日本在住の外国人に対し、教育の機会を最大限に確保することが明記された。今回成立した「日本語教育機関認定法」も、この推進法に沿って、日本語教育の質の維持向上を図るためのものである。 続きを読む

沖縄伝統空手のいま 特別番外編④――沖縄の村棒(下)前田棒の歴史 富本祐宏さんに聞く

ジャーナリスト
柳原滋雄

男の義務だった村棒の鍛錬

 村棒の中で最も有名な地域の1つが現在の浦添市に存在する「前田棒」だ。古くは浦添城を守るために農業と武芸を磨いた地域として知られる前田部落(浦添村)が舞台となった。
 前田では棒術をたしなまない者は男として認められず、子どものころから棒を持たされた。15歳から45歳まで棒術の稽古が義務とされ、村祭りともなれば、何日も練習に駆り出され、数回行われる本番(出し物)に備えた。
 そうした村の伝統も、1945年の対米戦争(沖縄戦)で土地や家屋そのものが原形をとどめないほどに破壊され、特に県内最大の激戦地となった前田では、そのすべてが消滅した。戦後、「村棒」の伝統を復活させるまでには多くの苦労があったという。
 1939(昭和14)年生まれで沖縄戦当時は子どもだった前田棒の使い手・富本祐宏(とみもと・ゆうこう、84歳)さんに話を聞いた。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第158回 月や、あらん

作家
村上政彦

 僕は、某大学で文芸創作の授業を担当している。毎年、100人近くの学生たちといっしょに小説の書き方を学んで、彼らの書いた作品を読む。そのなかで、必ず、この若者はいい小説家になるとおもう原石が見つかる。
 今年は不作だとおもう年は、ない。いつの年も原石は見つかる。これまでに3人の学生がプロデビューを果たした。いまも楽しみな教え子が何人かいる。そのうちのひとり、沖縄の教え子は、写真の腕もいい。
 僕は若いころに写真を組み込んだ小説を創作したが、早すぎたのか、まったく世人の眼に止まらなかった。数年前、やっと某批評家が運営するウェブマガジンで写真入りの小説を発表できた(もっともそれも反応はひっそりしたものだったが)。
 いや、語りたいのは、沖縄の教え子の小説だ。言葉選びのセンスがいい。言葉の運びもいい。人物はリアルだ。なにより、それまでの沖縄出身の小説家たちが書いてきた沖縄とは違う沖縄を書く。そのことに、僕は沖縄文学にも新しい波が生まれつつあるとうれしくなった。 続きを読む