連載エッセー「本の楽園」 第163回 百冊で耕す

作家
村上政彦

 僕は小説家としてプロデビューしてから35年になるけれど、いまだに文章の書き方や読書の仕方についての本を読む。ひとつは、同業他社がどのような働き方をしているか知りたい好奇心、もうひとつは、まだ僕自身が気づいていないやり方があれば学びたいという向学心。
 結果として、たいてい文章の書き方の本は、あまり発見がない。ああ、同じことをやっているな、と市場調査で予想通りのデータが示されたという思いになる。読書の仕方についても、似たようなものだ。
 ところが、ここで取り上げる『百冊で耕す』は、ちょっとおもしろかった。僕は好きな作家の吉田健一が、300冊の蔵書しか持たなかったと知って、これは僕も実践しなければと思った。
 吉田健一の300冊であれば、とても貴重な本ばかりだろう。蔵書リストが見たいぐらいだが、それは叶いそうもない。そこで、吉田健一になったつもりで、少なくとも4~5000冊はある蔵書(それも日々、増え続けている)を必要な本だけに絞ろうと考えた。 続きを読む

公明党「住民票移動」というデマ――名誉毀損は〝犯罪〟である

ライター
松田 明

損害賠償と謝罪広告を求める

 6月20日、創価学会本部は、株式会社扶桑社と『週刊SPA!』編集人らを相手取り、損害賠償と謝罪広告の掲載を求めて民事訴訟を提起した(「創価学会公式サイト」6月21日)。
 また公明党も同日、党の名誉を著しく毀損する事実無根の記述があったとして、同社と倉山満氏、同誌の編集人、発行人に対し、損害賠償の支払いと同誌への謝罪広告の掲載を求める訴訟を東京地裁に起こした。
 問題となったのは『週刊SPA!』6月13日号(6日発売)に掲載された「倉山満の知性のリング 言論ストロングスタイル」。
 このなかで、〝学会が会員に指示をして組織的に住民票を不正に移動させ、投票をさせている。学会には「3カ月ルール」なるものがあり、住民票を移動した後、選挙権が生じるまでの3カ月間は連続して選挙をされては困る。そのため時の総理大臣が解散権を行使したければ、前の選挙から3カ月空けなければならない〟との報道がなされていた。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第162回 小説は人物が九割

作家
村上政彦

 近年は、きちんと小説の読めるプロが少なくなった。大手出版社の編集者だからといって、読めるとは限らない。ここでいう「読める」は、もちろん文字が読めることではなく、小説をしっかり評価できるということだ。
 でも、まったく、読める人がいないわけではない。僕の周りには何人か信頼のできる読み手がいる。ときには、そういう人たちに生原稿を読んでもらって、意見を聴くこともある。僕の知っているプロの作家は、たいていそうやって作品の水準を上げてゆく。
 信頼できる読み手のひとりが、批評家のKさんだ。この人とは知り合いの編集者を介して、30年ほど前に出会った。それから、僕の小説の良き読み手であり、知恵袋ともなってくれている。
 そのKさんが、一昨年の収穫ベスト3のうち、1位に挙げていたのが、『優しい猫』である(ちなみに鳥影社から出た僕の『αとω』は3位)。これは読まないといけないと思いつつ、あっという間に2年が経ってしまった。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第16回 釈名(1)

 前回までで、十広の第一章「大意」(発大心・修大行・感大果・裂大網・帰大処の五略)の説明が終わった。今回は、『摩訶止観』巻第三上から始まる、十広の第二章「釈名(しゃくみょう)」の章を紹介する。この章は、相待(そうだい)止観、絶待(ぜつだい)止観、会異(えい。多くの経典に説かれる止観の別名についての説明)、三徳に通ず(止観と法身・般若・解脱の三徳との関係の説明)の四段に分かれる。 続きを読む

書評『歴史を知る読書』――豊かな歴史観を身につけるために

ライター
小林芳雄

〈歴史を知る〉とは?

 著者・山内昌之氏は、国際関係史と中東・イスラーム地域研究の日本における第一人者として知られ、「国家安全保障局顧問会議」の議長を務めるなど、日本を代表する有識者である。
 本書は、歴史学の泰斗である著者があまた出版されている数多くの書籍から、一般の読者でも楽しく読み進められ歴史を知ることができる75冊の本を選び、含蓄に富んだ文章でコンパクトに解説したものだ。
 歴史に詳しい人というと、歴史マニアやクイズ番組で活躍する回答者のように歴史的事件や年号に詳しい人のことだと思われがちだ。しかしそれは歴史知ることの一面に過ぎない。
 歴史は年号や固有名詞を正確におぼえることは基本であるが、そのうえで、歴史学とは積み重ねられた事実から歴史をつらぬく真実を読み取るものである。
 さらには、すぐれた歴史学者はよく知られている歴史的事実に新しい観点から光をあて、一般的な価値観や常識を覆すような研究を行う。そうした研究に基づいた歴史書を読むことは、私たちの歴史に対する考え方や見方を格段に深め豊かにするものであるという。 続きを読む