文章の魅力とは、その人の人生のすべてが凝集して、まるで森のように深く豊かな世界を感じさせることだろう。
橋出たよりさんの『なぎさだより』は、エッセイストとしての著者の感性がみずみずしく詰まった、読むと心にさわやかな風が吹くような傑作である。
大手出版社への勤務経験があり、マスコミの華やかな世界を知る橋出さんは、今は逗子に住んで海風が吹く土地で人生の時を刻んでいる。『なぎさだより』に出てくる生活の様子は、時に感動的で、あるいはホロリと涙を呼び、「そうそう!」と共感を呼ぶような繊細でさりげない観察と、人生についての洞察に満ちている。
捉えられているのは、橋出さんの、そしてそれを読む私たちの「心が動く」瞬間だ。
子どもたちとヨモギ摘みをした後、草餅をつくって頰張る。子どもが「指がいい匂い」「春の匂い」と言うのを聞いて、橋出さんはヨモギの花言葉が「幸福、平和」であることを思い出す。 続きを読む
