芥川賞を読む 第30回『猛スピードで母は』長嶋有

文筆家
水上修一

疾走するように生きるシングルマザーと息子との陰影が鮮やかな印象を残す

長嶋有(ながしま・ゆう)著/第126回芥川賞受賞作(2001年下半期)

母子の距離の見事さで人物を鮮やかに描く

 第126回芥川賞を受賞したのは、長嶋有の「猛スピードで母は」だ。『文学界』(平成13年11月号)に掲載された約99枚の作品。当時29歳。それ以前、パスカル短編文学新人賞の候補作、ストリートノベル大賞の佳作第2席となり、文学界新人賞を受賞した「サイドカーに犬」は、前回125回の芥川賞候補になっている。
「猛スピードで母は」は、母子家庭を描いている。夫と離婚し女手ひとつで一人息子を育ててきた母親は、生き抜くために男に対しても社会に対しても遠慮がない。なおかつ自分の欲求に対しては素直で我慢はしない。おしゃれもするし腹が立つと趣味の車でぶっ飛ばす。
 この作品の見事さは、人物の鮮やかさだ。無口で大人しい少年から見た母親を描いているのだが、普通、子ども目線で物語を描く場合、周りの人物や出来事を深い思索や認識で捉えて、表現することは難しい。しかし、この作品はそうした困難さを軽々と超えて実に印象深い母親と、その親子関係を描き出している。 続きを読む

維新、止まらない不祥事――信頼を失っていく野党②

ライター
松田 明

「日本維新の会」公式ホームページより

「党勢拡大ばかりを目指している」

 7月12日、川崎市議会の会派「日本維新の会」に属する2人の市議が、日本維新の会に離党届を出した。
 本年4月の川崎市議選で、日本維新の会は改選前の1議席から7議席へと大きく躍進した。ところが、わずか3カ月で分裂。原因は、補正予算案の採決をめぐり会派として「反対」を決めていたのに、採決で5人が造反したからだという。
 離党した2人の市議は、「有権者をがっかりさせて申し訳ないが、議会人としてあり得ない」「党勢拡大ばかりを目指し、新人教育を現場任せにする党のやり方に疑問を感じる」(『読売新聞』7月15日)と語っている。
 4月の統一地方選では、近畿だけでなく都市部を中心に全国的に議席を伸ばした日本維新の会。衆議院補選では和歌山の小選挙区で初となる議席も獲得した。
 ところが、この〝快進撃〟と同時に各地で噴き出しているのが、同党議員による不祥事である。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第19回 体相②

[2]眼・智によって体を顕わす①

 この段の冒頭には、この段の趣旨を次のように説明している。

 二に眼・智を明かすとは、体は則ち知に非ず、見に非ず、因に非ず、果に非ず、之れを説くこと已に自ら難し。何に況んや以て人に示さんをや。知見すること叵(かた)しと雖も、眼・智に由れば、則ち知見す可し。因果に非ずと雖も、因果に由って顕わる。止観を因と為し、智・眼を果と為す、因は是れ顕体の遠由(おんゆ)にして、果は是れ顕体の近由(ごんゆ)なり。其の体は冥妙(みょうみょう)にして、分別す可からざるも、眼・智に寄せて、体をして解す可からしむ。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅰ)272頁)

 体(本体としての真理)は、知ること、見ること、因、果を超えたものであり、これを説明することは難しいという大前提が示されている。しかし、眼・智に基づけば体を知・見することができ、因・果に基づけば、体をあらわすことができるとされる。因果の定義については、止観を因とし、智眼を果としている。体をあらわす遠い原因が因であり、近い原因が果である。体そのものは説明できないけれども、眼・智にこと寄せて体を理解できるようにさせることが、この段の狙いである。 続きを読む

手段が目的化した立憲民主党――信頼を失っていく野党①

ライター
松田 明

過半数が反執行部勢力に加わる

 日本共産党との「選挙協力」をめぐって、立憲民主党が大揺れである。
 昨年の参院選敗北に続き今年4月の衆参補選で完敗した立憲民主党では、泉代表ら執行部の責任を問う声が党内から噴出していた。
 5月15日、泉健太代表は民放のBS番組に出演。次期衆議院選で150議席を取れなければ代表を辞めると啖呵を切った。そのうえで、

次の衆議院選挙について「あくまで立憲民主党として、まず独自でやるものだ」と述べ、日本維新の会と共産党とは選挙協力や候補者調整を行わない考えを示しました。(「NHK NEWSWEB」5月15日

と、日本維新の会や日本共産党の選挙協力や候補者調整を否定した。
 すると〝壊し屋〟の異名をとる小沢一郎氏らは1カ月後の6月16日、党内に「野党候補の一本化で政権交代を実現する有志の会」を立ち上げた。あからさまな反執行部の動きである。ここに過半数の党所属議員が名を連ねた。
 前回の衆議院選で大敗し、昨年の参議院選でも負けた立憲民主党は、全国いたるところに〝浪人〟を抱えている。 続きを読む

書評『傷つきやすいアメリカの大学生たち』――アメリカ社会の教育問題とその原因を探る

ライター
小林芳雄

脆弱な存在を自認する学生たち

 大学における学問の自由・言論の自由にこれまで尽力してきた法律家と社会心理学を専門とする2人の著者が、アメリカ各地で起きている大学紛争の原因を分析し、解決の方途を探った一書である。
 ――授業で出された課題図書を読むことすら拒否する、政治的立場の異なる講演者に暴力をともなう激しい抗議を行う、教員の言葉尻をとらえて糾弾して激しいデモなどによって辞任にまで追い込む、学長や学部長を軟禁し罵詈雑言を浴びせ、自己批判と謝罪を迫る――。
 出来事を列挙すると、1960年代から70年代に起きた日本の学生運動や中国・文化大革命時代の紅衛兵を思い起こさせる。しかし、これらは全て近年のアメリカの大学で起きた事件である。しかも、紹介されている事例の大半は、世界最高の教育水準を誇るといわれた名門大学で起きたものだ。
 本書はこれらの現象の背後に、現在、アメリカの教育界を席巻している3つのエセ真理があることを指摘している。 続きを読む