コミュニケーションの奇妙な本質
ITやAI技術の飛躍的な発展によって、私たちの生活はあらゆる面で最適化されるようになった。たとえば、あなたが動画配信サイトで動画を視聴したとする。すると、ビッグデータをもとに類似する他のユーザーとの比較がおこなわれ、自分の好みの傾向が導き出され、視聴する可能性が高いと思われる「おすすめ動画」がサジェストされる。
ネットショッピングでのおすすめ商品や、SNSに現れる他のユーザーによる投稿なども、同様の手法に基づいて、自身の興味や関心に近い内容が優先的に表示される。
こうした技術の進歩によって、私たちはおそらく歴史上、かつてないほど合理的で、より誤りの少ない選択ができる環境に身を置くようになった。しかし、こうした合理性の追求は、私たちの人生を真に豊かにするのだろうか。
『訂正可能性の哲学』は、〝正しさ〟の時代にあって、誤ることの価値について論じ、さらには普遍的な正しさを疑う「訂正」の重要性を説いた一冊だ。
ぼくたちはつねに誤る。だからそれを正す。そしてまた誤る。その連鎖が生きるということであり、つくるということであり、責任を取るということだ。(本書)