『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第31回 方便②

[2]二十五方便の出典と思想的意義

 二十五方便が何に基づいて形成されたかということに関して、『摩訶止観』巻第四上には、「此の五法の三科は『大論』に出で、一種は『禅経』に出で、一は是れ諸の禅師の立つるなり」(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、372頁)と述べている(※1)
 呵五欲(色・声・香・昧・触の五種の対境に対する欲望を呵責すること)、棄五蓋(貪欲・瞋恚・睡眠・掉悔・疑の五種の煩悩を捨てること)、行五法(欲・精進・念・巧慧・一心の五法を実行すること)の三科は、『大智度輪』巻第十七(大正25、181上~185中を参照)に基づいて立てられたものである。具五縁(持戒清浄・衣食具足・閑居静処・息諸縁務・得善知識)の一科は、『禅経』に基づくと述べられているが、この『禅経』が具体的に何という経典であるかは不明である。関口氏は、「天台大師は、ひろくこれらの諸経論(禅秘要法経、坐禅三昧経、禅法要解、小道地経、大般涅槃経、止観門論頌、菩提資糧論など――菅野注)に注意し、主としては禅経類により、あわせて遺教経、成実論などをもちいつつ、呵五欲、棄五蓋、行五法に対応させて、五項目から成る具五縁なるものを新たに構成したのであろう」(※2、『天台止観の研究』105頁)と述べている。 続きを読む

野党それぞれの「お家事情」――「連合政権構想」も立ち消え

ライター
松田 明

大阪市民1人19000円の負担

 岸田政権の内閣支持率が一向に上がらない。3週間足らずで3人の政務三役の辞任ドミノなど、もはや自民党内からも厳しい声が上がっている。半年前はサミットで意気揚々だったのに、本当に政治の世界は「一寸先は闇」である。
 一方で、野党のほうも安閑とはしていられない状況にある。
 春の統一地方選で躍進し、夏ごろまでは支持率でも立憲民主党を抜いていた日本維新の会。しかしこの半年、国政の執行部から地方議員に至るまで、ほとんど日替わり週替わりの頻度で不祥事が噴出してきた。
 さらにここにきて大阪万博の建設費増額が〝維新離れ〟を加速させている。10月の奈良県橿原市長選に続き、11月に入って京都府八幡市長選でも公認候補が敗北。神奈川県海老名市長選でも推薦候補が敗れた。

 勢いにブレーキがかかった最大の要因とみられているのが、維新が誘致を主導した万博開催だ。会場建設費が当初の想定の2倍近くに膨らみ、建設工事の遅れも深刻化している。巨額の負担は、「身を切る改革」を看板としてきた維新には、イメージダウンにつながっている。(「読売新聞オンライン」11月14日

続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第30回 方便①

[1]二十五方便

 今回は十広の第六「方便」について考察する。この方便とは、第七章の正修止観で説示される十境十乗の観法の用意、準備条件を意味する。具体的な内容としては、具五縁(持戒清浄・衣食具足・閑居静処・息諸縁務・得善知識)、呵五欲(色・声・香・昧・触の五種の対境に対する欲望を五欲といい、これを呵責すること)、棄五蓋(貪欲・瞋恚・睡眠・掉悔・疑の五種の煩悩を捨てること)、調五事(食・眠・身・息・心の五事を適度に調整すること)、行五法(欲・精進・念・巧慧・一心の五法を実行すること)の、一項目五ヶ条からなる五項目が説かれる。つまり、合計すると、二十五ヶ条が説かれている。
 これを二十五方便ということもある(※1)が、天台智顗(ちぎ)の最初期の著作である『釈禅波羅蜜次第法門』(『次第禅門』、『禅門修証』ともいう)巻第二にも説かれており(大正46、483下~491中を参照)、さらにまた、『天台小止観』(※2)にも説かれている。『摩訶止観』の二十五方便の叙述においても、その詳しい説明を『釈禅波羅蜜次第法門』に譲っている場合がある。したがって、この二十五方便の思想は、智顗の少壮の時期にすでに確立され、その後晩年にいたるまで一貫して変わることがなかった基本的かつ重要な思想であったと評せよう。 続きを読む

新たな「総合経済対策」――物価研究の第一人者の見立て

ライター
松田 明

四半世紀のデフレスパイラル

 政府は11月2日の臨時閣議で、デフレからの完全脱却を目指した新たな総合経済対策を閣議決定。その裏付けとなる2023年度補正予算案を10日の持ち回り閣議で決定した。
 日本では1995年頃から、ほぼ25年にわたって賃金の横ばいが続いている。この間、物価の上昇もほとんど見られず、物価が安いがゆえに賃金も低いというデフレ状態が続いてきた。
 たとえばオーストラリアでは、マクドナルドでビッグマックセットを買うと12.75AUD(約1250円)で、日本(750円)の倍近い。一方で最低賃金も23.23AUD(約2244円)と、日本(約1000円)の2倍以上ある。
 OECD34カ国中、日本の平均賃金は24位(2021年)で、1位の米国の半分しかない。
 欧米では「高インフレが進む→ 生計費が上昇→ 賃上げを要求→ 企業は人件費を価格転嫁」という上昇のスパイラルが続いてきた。対する日本では、「物価が上がらない→ 生計費が変わらない→ 賃上げを求めなくても済む→ 企業が人件費の価格転嫁をしない」というデフレスパイラルが起きているのだ。
 今や貯蓄のできない日本の若者が欧米やオーストラリアに出稼ぎに行く状況が生まれており、優秀な人材も欧米の企業に流出している。さらに、海外の優秀な人材が日本を就職先に選ばなくなってきている。 続きを読む

書評『北京の歴史』――「中華世界」に選ばれた都城の歩み

ライター
本房 歩

「古都」としての北京

 中国の古都と聞くと、日本の平城京・平安京が都市設計の影響を深く受けた、西安(長安)や洛陽を思い浮かべる人が多いだろう。
 その一方で、現代の中華人民共和国の首都に定められている北京も、12世紀前期に建てられた金王朝で首都となって以来、時代によって名称は異なるものの、850年以上にわたる首都としての歴史を誇る立派な古都である。
 現在の北京があるエリアは、特に古代から中世にかけて中原や江南地域を中心に発展してきた中国史においては、長らく辺境の地と位置づけられてきた。
 周縁と見なされていた北京が、金、元、明、清、中華民国初期、新中国と長きにわたって首都に選ばれているのはなぜか。本書は、先史時代から現代まで、今の北京があるエリアの歴史を丹念に紐解きながら、その謎に迫っていく。 続きを読む