新たな「総合経済対策」――物価研究の第一人者の見立て

ライター
松田 明

四半世紀のデフレスパイラル

 政府は11月2日の臨時閣議で、デフレからの完全脱却を目指した新たな総合経済対策を閣議決定。その裏付けとなる2023年度補正予算案を10日の持ち回り閣議で決定した。
 日本では1995年頃から、ほぼ25年にわたって賃金の横ばいが続いている。この間、物価の上昇もほとんど見られず、物価が安いがゆえに賃金も低いというデフレ状態が続いてきた。
 たとえばオーストラリアでは、マクドナルドでビッグマックセットを買うと12.75AUD(約1250円)で、日本(750円)の倍近い。一方で最低賃金も23.23AUD(約2244円)と、日本(約1000円)の2倍以上ある。
 OECD34カ国中、日本の平均賃金は24位(2021年)で、1位の米国の半分しかない。
 欧米では「高インフレが進む→ 生計費が上昇→ 賃上げを要求→ 企業は人件費を価格転嫁」という上昇のスパイラルが続いてきた。対する日本では、「物価が上がらない→ 生計費が変わらない→ 賃上げを求めなくても済む→ 企業が人件費の価格転嫁をしない」というデフレスパイラルが起きているのだ。
 今や貯蓄のできない日本の若者が欧米やオーストラリアに出稼ぎに行く状況が生まれており、優秀な人材も欧米の企業に流出している。さらに、海外の優秀な人材が日本を就職先に選ばなくなってきている。 続きを読む

書評『北京の歴史』――「中華世界」に選ばれた都城の歩み

ライター
本房 歩

「古都」としての北京

 中国の古都と聞くと、日本の平城京・平安京が都市設計の影響を深く受けた、西安(長安)や洛陽を思い浮かべる人が多いだろう。
 その一方で、現代の中華人民共和国の首都に定められている北京も、12世紀前期に建てられた金王朝で首都となって以来、時代によって名称は異なるものの、850年以上にわたる首都としての歴史を誇る立派な古都である。
 現在の北京があるエリアは、特に古代から中世にかけて中原や江南地域を中心に発展してきた中国史においては、長らく辺境の地と位置づけられてきた。
 周縁と見なされていた北京が、金、元、明、清、中華民国初期、新中国と長きにわたって首都に選ばれているのはなぜか。本書は、先史時代から現代まで、今の北京があるエリアの歴史を丹念に紐解きながら、その謎に迫っていく。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第174回 脳を創る読書

作家
村上政彦

 二十歳になるかならないかのころ、うちからかなり離れた駅近くのビルに大型書店が入った。それまで僕は、うちから歩いて数分の小さな書店と、バスに乗って10数分の2階建ての書店に通っていた。
 いまはショッピングモールやデパートに大型書店があるのは珍しくないけれど、当時はこの書店ほど品揃えの多い書店を知らなかった。友人といっしょになかへ入って、僕は静かに興奮していた。
 僕がいちばん好きなのは、読書だ。それもスイーツをつまみながらの。新刊、古書問わず、買ったばかりの本を手にして、チョコや豆大福を頬張っているとき、僕は生きていてよかったと実感する。この快楽を得ることができるなら、100歳までがんばって生き抜いてやる。
 大型書店で背の高い棚にぎっしりならぶ本を見た僕は、宝の山を見つけた海賊のように、できればここにある本を全部手に入れたいとおもった。でも、それは叶わない。その代わり、1冊ずつ棚からぬきだして、ぱらぱらとページをめくる。
 どれぐらい時間が経ったか、「おい、帰ろうよ」と友人が言う。帰る? こんなにお宝があるのに? 友人の顔を見ると、えらく不機嫌だ。「まだ、いいじゃん」。僕がいうと、「じゃ、俺、帰る」。「いいよ」。友人は怒ってほんとうに帰ってしまった。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第173回 物語を生きる

作家
村上政彦

 河合隼雄というユング派の心理学者のことは、若いころから知ってはいた。高名な研究者であり、カウンセリングをおこなう臨床家でもある。しかし、なぜか、本好きの僕が河合さんの著作を手にとることはなかった。
 べつに河合さんを毛嫌いしていたわけではないし(直接お目にかかったこともないので嫌う理由がない)、ユング心理学には関心があったので、彼の著作を読んでいても不思議はなかった。いや、読んでいないほうが不思議だといえる。
 人との出会いにタイミングがあるように、本との出会いにもタイミングがある。そのタイミングがやってこなかったのだ――と書けば、注意深い読者の方は、もうお気づきだろう。やってきたのだ、タイミングが。
 ある日、馴染みの古書店をパトロールしていたら、『物語を生きる――今は昔、昔は今』というタイトルが眼についた。物語は、僕にとってきわめて大切なものだ。手にとるのが自然だった。少し破れた帯には、「生きるとは、自分の物語をつくること!」とある。買わないわけにいかない。
 著者は、河合隼雄さんだった。古書店の表でぱらっとページをめくってみたら、第一章からやられた。 続きを読む

書評『希望の源泉・池田思想⑥』――創価学会の支援活動を考える

ライター
本房 歩

キリスト教徒が読み解く池田思想

 月刊誌『第三文明』で2016年8月号から続いている佐藤優氏の連載「希望の源泉――池田思想を読み解く」。佐藤氏は元・外務省主任分析官の肩書を持つ作家であり、同志社大学大学院神学研究科を修了したプロテスタントのキリスト教徒でもある。
 国際情勢に関する著作はもとより、哲学、キリスト教、インテリジェンス、政治など、幅広いジャンルで旺盛な執筆活動を続けている。そんな佐藤氏が、この10年ほど熱意を持って取り組んでいるのが、創価学会とその指導者である池田大作創価学会インタナショナル会長(以下、SGI会長)の研究だ。
 創価学会とSGI会長を論じるにあたって、佐藤氏は全150巻におよぶ『池田大作全集』を揃えて読み込んできた。また全12巻の『人間革命』、全30巻の『新・人間革命』も読み込んで、これらについては独自の視点から著作も出している。
 これまで創価学会を批判的であれ好意的であれ論じた言論人や学者はいるが、ここまでの読み込みをした上で発言した者は一人もいないのではないか。 続きを読む