本の楽園 第185回 ミッキーは谷中で六時三十分

作家
村上政彦

 気になる作家がいて、一度作品を読んでみようとおもうのだけれど、なかなか手に取る機会がない。いや、機会はつくるものだから、手に取るまでの関心が動かないというべきだろうか。
 では、その作家が嫌いなのかと訊かれると、読んでないのだから応えようがない。やはり、手に取る機会がない、としかいいようがないのだ。そういう作家のひとりが、僕にとっては片岡義男だった。
『スローなブギにしてくれ』で野生時代新人賞をもらってデビューした作家ということぐらいしか知らなかった。この小説を原作にした映画もTVのロードショーで観た。映画は率直にいって、あまりおもしろいとはおもわなかった。
 いつもの僕なら原作を取り寄せて比べてみるぐらいのことはしただろう。けれど、このときは、そうしなかった。なぜだかは分からない。それからもう30年近い歳月が流れている。
 そして、最近になって、発作的に片岡義男の小説本を買った。『ミッキーは谷中で六時三十分』だ。これは明らかにタイトル買いだった。見た瞬間に、買わなければ、とおもった。 続きを読む

維新の〝不祥事〟は今年も続く――根本的な資質に疑問符

松田 明

藤田幹事長のお膝元で3連敗

 4月21日、任期満了に伴う大阪・大東市の市長選挙で、元大東市職員の逢坂伸子氏(無所属)が大阪維新の会の新人・石垣直紀氏を破って当選した。
 大東市は衆議院大阪12区で、日本維新の会の藤田文武幹事長の地盤。12区は、この大東市と寝屋川市と四条畷市からなる。しかし、2020年の四条畷市長選挙でも維新候補が敗北。昨2023年の寝屋川市長選挙ではダブルスコアで維新候補が敗北。今回の大東市も敗北して、3連敗となった。

出陣式には枚方や守口、東大阪など近隣の維新市長が集結し気勢を上げるなど必勝態勢を取っただけに、党内はショックを隠せない。(『産経新聞』4月23日

 維新の金城湯池ともいうべき近畿圏だが、昨年10月の奈良県橿原市長選では維新の公認候補が前回に続いて2連敗。11月の京都府八幡市長選でも維新の公認候補が敗北。
 2024年2月の京都市長選では、日本維新の会が推薦して立候補表明した候補者に架空の政治資金パーティーを開いていた疑惑が浮上。直前になって日本維新の会は推薦を取り消して不戦敗となった。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第46回 正修止観章⑥

[3]「2. 広く解す」④

(6)「2.6. 互発を明かす」②

 前回は「2.6. 互発を明かす」の段の途中までを解説した。「互発」には九双七隻(くそうしちせき)があり、九双は、次第・不次第、雑・不雑、具・不具、作意・不作意、成・不成、益・不益、久・不久、難・不難、更・不更であり、七隻は三障・四魔を指す。前回は、このなかで最初の「次第・不次第」のなかの「法の不次第」の途中までを解説した。そこでは、十境それぞれがそのまま法界であることを洞察することを明らかにしており、病患がそのまま法界であることまでを紹介した。今回は第四の業相の境から説明する。 続きを読む

世界はなぜ「池田大作」を評価するのか――第8回 世界市民を育む美術館

ライター
青山樹人

文化遺産として尊重していく

――池田名誉会長が創立した東京富士美術館は、昨年(2023年)開館40周年を迎えました。それに合わせてリブランディングを実施し、新たなコンセプトのもと、より開かれた美術館へ施設の改修や、ロゴマークやウエブサイトなども一新されました

青山樹人 古今東西を問わず、人類の遺産とも言うべき美術品や文化遺産には、それぞれの時代・地域の信仰に根差したものが数多くあります。「宗教と、芸術、文化というのは、本来、切っても切れない関係にある」(『新・人間革命』第5巻「開道」)からです。

 池田先生は早い時期から美術館の設立構想を語ってきました。会長就任の翌年(1961年)の6月17日に京都で開催された「関西第四総支部結成大会」では、早くも将来の美術館構想に言及しています。
 とくに京都や奈良には他の仏教宗派の古刹が数多くあり、伽藍や仏像などには国宝や重要文化財などに指定されたものが多数あります。まだ草創期の学会員のなかには、広宣流布の進展にあたって、こうした他宗の伽藍や仏像などをどのように捉えていけばいいのかという思いがあったのでしょう。 続きを読む

本の楽園 第184回 戦争語彙集

作家
村上政彦

 去年の2月だったとおもう。ロシア・ウクライナ戦争が始まって1年が過ぎて、文学に何ができるか? というシンポジウムの司会進行を務めた。結論で、ロシア・ウクライナ戦争は、物語の戦争でもあると述べた。
 ロシアは、ファシストの支配から同胞を救う解放者の物語。ウクライナは、祖国への侵略者から同胞を守る英雄の物語。どちらもそれぞれの正義をかざして、この物語を駆動力として戦争をたたかっている。
 文学は、このふたつの物語を解体できるカウンターストーリーを物語ることができるか? 文学を生業とする者として、それをかんがえてゆきたい――このシンポジウムの内容は、『すばる』(集英社)に掲載されたので、興味のある人はそちらをご覧いただきたい。
 さて、そのとき、僕はロシアとウクライナの駆動力になっている物語に対抗するには、もっと大きな物語が必要だと考えていた。その後、考えをあらためた。必要なのは、ひとりひとりの個人に根差した「小さな物語」なのだ、と。 続きを読む