『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第37回 方便⑧

[3]具五縁について⑥

「閑居静処」について

 具五縁の第三の「閑居静処(げんごじょうしょ)」(静かな場所に心静かに住むこと)について紹介する。四種三昧のなかの随自意三昧(非行非坐三昧)は、修行の場所を選ばないが、他の三種の三昧(常行三昧・常坐三昧・半行半坐三昧)は適当な場所を選ぶ必要がある。この適当な場所に、深山幽谷(しんざんゆうこく)、頭陀行(ずだぎょう)を行なう場所、僧院の三種があり、上から順に優れているとされる。『摩訶止観』巻第四下には、

 深山遠谷(おんごく)の若(ごと)きは、途路(ずろ)は艱険(かんけん)にして、永く人の蹤(あと)を絶す。誰か相い悩乱せん。意を恣(ほしいまま)にして禅観し、念念に道に在り、毀誉(きよ)は起こらず。是の処は最も勝る。二に頭陀抖擻(ずだとそう)は、極めて近きも三里、交往すること亦た疎(うと)く、煩悩を覚策す。是の処を次と為す。三に蘭若(らんにゃ)・伽藍(がらん)は、閑静(げんじょう)の寺なり。独り一房に処して、事物に干(あずか)らず、門を閉じて静坐し、正しく諦(あき)らかに思惟す。是の処を下と為す。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、444頁)

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書評『SDGsな仕事』――「THE INOUE BROTHERS…の軌跡」

ライター
本房 歩

持続可能な社会をデザインする

 あふれんばかりの情熱と、他者の幸せのために尽くしぬいていく真心。本書を一読して、彼らの放つエネルギーに強く胸を打たれた。
 デンマークで生まれ育った日系二世の井上聡・清史の兄弟と、聡の妻であるウラの3人で2004年に立ち上げたデザインスタジオ「ザ イノウエブラザーズ」。彼らが手がけるニットアイテムは南米の中央アンデス高原に生息するアルパカの繊維で作られている。早くからコムデギャルソンの川久保玲氏など世界的デザイナーの目に留まり、今では彼らの代名詞としてファッション業界で広く知られている。
 彼らの取り組みが注目されるのは、単に洗練されたアイテムを生み出しているからだけではない。アルパカニットをはじめ、彼らが手がける製品やプロジェクトはすべて「持続可能(サスティナブル)」という視点に貫かれている。優れた文化や伝統技術を支える先住民や女性たちが搾取・差別されている現状や、年々深刻化する気候変動などの解決に資するよう設計されているのだ。
 こうしたクリエイティブなアイデアを通じて社会課題の解決を図る「ソーシャルデザイン」の取り組みと、彼らの純粋で情熱あふれる一貫した姿勢が、国境を越えて各地で多くの共感を呼んでいる。 続きを読む

共産党新執行部の憂鬱な船出――党の内外から批判が噴出

ライター
松田 明

批判が公然と噴出した党大会

 静岡県熱海市で開催されていた日本共産党の第29回党大会が1月18日に閉幕した。
 2000年11月から23年間にわたって党中央委員会幹部会委員長を務めてきた志位和夫氏が退任して、新たに議長に就任。副委員長だった田村智子参議院議員が、第6代委員長に就任した。
 田村氏はまだ50代であり、しかも日本共産党の100年の歴史で初となる女性党首の誕生である。既に昨年秋ごろから田村氏の登用がささやかれていたこともあり、女性党首の誕生には党派を超えて期待の声もあがっていた。
 あるいは他の与野党のなかからも、共産党が女性党首になれば同党への従来のイメージも変わり、選挙を戦う上では脅威になるだろうという声も漏れ伝わっていた。
 ところが、この党大会では党の内外から田村氏に対する猛烈な批判が公然と噴出。イメージチェンジどころか、日本共産党の閉鎖的な体質をさらに色濃く示すものになり、党内の亀裂が大きく露呈する結果となった。 続きを読む

芥川賞を読む 第34回『蛇にピアス』金原ひとみ

文筆家
水上修一

身体改造にかける夢の傷ましさを描く

金原ひとみ(かねはら・ひとみ)著/第130回芥川賞受賞作(2003年下半期)

19歳と20歳の女性作家のW受賞に沸く

 第130回の芥川賞は、世間を大いに賑わせた。何しろ19歳の綿矢りさと20歳の金原ひとみという超若手二人のW受賞となったのだから。19歳という最年少記録はいまだに破られていない。ちなみに164回の「推し、燃ゆ」で受賞した宇佐見りんは21歳、石原慎太郎、大江健三郎、丸山健二、平野啓一郎なども早くに受賞したが、それでもみんな23歳だった。
 文章を書く、物語を作る、人間を描くという作業は、絵画や音楽など他の芸術よりもさらに多くの人生経験や熟練の筆力が必要となるからだろうか、芥川賞受賞時の年齢は、30代40代がもっとも多く、人生経験も浅い10代での受賞というのは本当にすごいことだと思う。
 金原ひとみの「蛇にピアス」は、ピアスや刺青、そして舌先に切り込みを入れて二股にするスプリットタンなどの身体改造に惹かれのめり込んでいく10代の女性を描いている。
 痛みに耐えながら自らの体を傷つける行為はなぜ生まれるのか、興味のない人間には全く理解不能の行為にしか思えないのだが、リアルな描写で描かれる「蛇にピアス」を読んでいると、そうした行為に及ぶ者たちの心情や心理をおぼろげながら感じることができた。つまり、どこから湧き上がってくるのかは分からないけれども、心の痛みとしか言いようのないものを肉体的な痛みに転嫁することによって、日々なんとか生き永らえているという、余りにも痛々しい姿が浮かび上がってくるのだ。 続きを読む

世界はなぜ「池田大作」を評価するのか――第4回 「言葉の力」と開かれた精神

ライター
青山樹人

世界桂冠詩人の「言葉の力」

――1月1日に発生した能登半島地震は、甚大な被害をもたらしています。自衛隊や海上保安庁、警察、消防などに加え、災害派遣医療チームDMAT、各種の人道支援NGO、宗教団体などが、救援活動に動いています。

青山樹人 被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。創価学会も発災後ただちに原田会長を本部長とする災害対策本部を設置しました。
 大地震のような大規模災害現場では、市区町村などの自治体や消防・警察なども被災の当事者になり、マンパワー的にもできることが限られてしまいます。また、とくに発災の初動では地元の住民でなければ掌握できないことも多々あります。
 大規模災害時にいくつかの宗教団体が有効に機能するのは、地域にある寺院や会館などの拠点を中心に、日ごろから信徒のコミュニティが形成されていること。全国に教団のネットワークがあって、他地域からの救援物資や人員の供給が可能なことなどが挙げられるでしょう。「いのち」に対して敏感であるということも大きいと思います。 続きを読む